From NY

2019年9月12日

»著者プロフィール
閉じる

田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『挑戦者たち-男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』(新潮社)で2018年ミズノスポーツライター賞受賞。

 現在のマンハッタンで1人暮らしするためにかかる家賃は、月におよそ30万円と言ったら、驚くだろうか。

 筆者がニューヨークに移住した1980年から比べると、当然ながら物価は上がっている。50セントだった地下鉄運賃はおよそ5倍の2.75セントに。レストランの外食代はおよそ3倍に、そしてアパートメントの家賃は、場所によっては6倍から10倍程度に跳ね上がった。

ニューヨークのマンハッタンは、家賃が高騰を続ける(筆者撮影)

 現在マンハッタンで、Studioと呼ばれるワンルームでも月の家賃は安くて2千ドル(およそ21万円)くらい。エレベーターとドアマンつきの近代的なビルだと、3千ドル以上するところもある。

 マンハッタンの家賃を払いきれなくなった人々は、筆者もそうだが川を渡ってブルックリンやクイーンズなどに移った。だがブルックリンもクイーンズもこのところ再開発が進み、地下鉄の便が良いところはマンハッタンとさほど変わらないほど家賃が上がり続けている。

 一体なぜ、ニューヨークの不動産はここまで高騰したのか。

住みたくない街からの変貌

「基本的に、需要と供給の問題です。不動産というのは限られていて、増やすことはできない。ニューヨーク、特にマンハッタンは狭い島ですからそこにいくら高層ビルなどを建てても、物件の数は限られているんです」

 そう説明するのは、長年ニューヨークの物件を手がけてきたベテランの不動産ブローカーのスティーブ・ヘルド氏である。個人の会社「Held and Co.( heldandco.com)」を経営する傍ら、R NewYorkという大手不動産事務所にも所属するヘルド氏は、高騰したのはそれだけニューヨーク市の人気が上がった証拠だという。

「ニューヨーク市は1970年代に財政破綻したことを覚えているでしょう。当時は治安も悪く、誰もが住みたい街ではなかった。80年代にエド・コッチ市長が企業を招聘し、不動産デベロッパーを優遇し、ニューヨークを国際都市へと再建していきました。それが何代かの市長政権に受け継がれて、ニューヨークは再生したのです」

 筆者がニューヨークに移住した1980年には、確かにこの街はまだ危険な大都会というイメージが強かった。タイムズスクエア周辺など、絶対に夜に行ってはいけないと言われたし、日本人の数もそれほど多くなく特に女性は少なかった。

 その代わり不動産の価格もリーズナブルで、筆者も家賃月400ドル程度(当時の換算でおよそ8万円)のアパートメントで暮らしていた。当時ソーホーのロフトが5万ドルで売りに出ていたのを覚えている。現在なら少なく見ても100万ドル以下ということはありえないだろう。

関連記事

新着記事

»もっと見る