コンニャクがエスニックなサラダになっている。酸っぱくて辛い、アジアの味。微妙にタイ料理のサラダとは違うが、お仲間と思われる味わい。酒が進む。
日本人にとって、もっと大きな驚きは食べるお茶か。漬物と化した(つまり、発酵させてある)お茶の葉と干しエビや唐辛子、ナッツの類などを好みで混ぜて食べる。新鮮な味わい、刺激であることは間違いないが、東南アジアの料理が嫌いでなければ、面白く受け入れられるはずの味。辛いところをいっぱい食べてしまうと、思わずまたビールに助けを求めることになるが。それも好ましい。
見慣れたものが、新鮮な味と化している面白さ。純粋に新しいものより、驚きがあり、面白いのではないかと食べながら思う。
シャンとカチン。
そう聞いて、ミャンマーを思い浮かべられたら、よっぽどのアジア通だ。シャンはミャンマーの東部、タイ北部と接するシャン高原を中心に住むタイ系の民族。カチンはミャンマーの北部から中国雲南省にかけての地域に住む民族である。
そのシャン族、カチン族の料理を食べられる店が東京の高田馬場にある。より正確に言えば、高田馬場にこの少数民族を含め、ミャンマー関係の人々と店が集中している。ちょうど、大久保に韓国、池袋駅の北口のあたりに中国関係の店が集中しているように。
私事だが、東南アジアで食文化に目覚めた。1970年代末、駆け出しのジャーナリストとして戦争や麻薬問題等々取材していて、その食に接した。その土地の人々の食も知らず、政治経済を語っていたことに気付いた。
当時の日本には東南アジアの料理の店も本もほとんどなかった。そこで、調べて本を書くようになったのだが、ナムプラやパクチ(香菜)のような食材もなく、何で代用するかと悩んだものだった。
そんな経験があるものだから、何でも普通にスーパーで手に入る今の状況が信じられない。ましてや、ミャンマー料理ではなく、シャン料理やカチン料理の店が東京にあることが夢のようなのだ。特に今でも訪れることが難しい地域の料理が、東京で食べられることに、時代が変わったと実感するのだ。
冒頭に書いたコンニャクやお茶の料理はシャンのもの。「ノング・インレイ」といい、駅のすぐそばの雑居ビルにある。客もミャンマー関係の人々が多く、隠れ家というか、物語に紛れ込んだような面白さもたまらない。同じビルにはミャンマー食材の専門店も。「こんなものまで」、「これは何?」がいっぱいで楽しい。