経済の常識 VS 政策の非常識

2012年4月13日

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 財務省は、国有地を売却するのではなくて貸し出すことにしたという。

 日経新聞によれば、3回以上入札にかけても売却できなかった土地を中心に貸し出す。これまでは学校などの公益性の高い用途に限っていたが、コンビニやファミリーレストランなどにも対象を拡大するという(2012年3月2日・日本経済新聞電子版)。

 地方中核都市にある1200カ所の物件が対象で、年間で数億円の賃料収入を目指すということだから、800兆円を超える国の債務残高からすれば、大した話ではないのだが、売却と貸出で何が違うのだろうか。

売れにくい地方の土地は骨董品と同じ

 入札にかけても売れないから貸し出すと財務省はいうのだが、不動産業者に「売れない不動産はない」という言葉がある。売れないのは持ち主が昔の夢を忘れられず売値を下げないからであるという。「高値覚え」という言葉もある。バブルのころ一瞬付いた値段を忘れられず、未練が残って安い値段で売りに出さないから売れないということである。財務省も「高値覚え」で売れないのだろうか。

 国の入札の場合、一応は不動産鑑定評価をしているはずである。厳密にしていなくても、近隣で不動産鑑定評価をしている土地を参考に、それに準じた値段を付けているはずである。すると、不動産鑑定評価がおかしいのだろうか。不動産鑑定評価は、その土地で商売をして得られる利益から土地の評価を導き出すか、近隣で実際に売れた値段(誰かが商売をして得られる利益からはじいて付けた値段である)を参考に評価する。住宅の場合は、誰かが同じような環境・通勤時間の他の土地と比べて付けた値段になる。1割程度の誤差はあるだろうが、鑑定評価価格を1~2割減じ、それを最低価格として競争入札にかければ売れないはずはない。しかし、売れないのである。

 鑑定評価がおかしいのだろうか。おかしいと考える根拠はある。地方の親の土地を売ろうとしたら全く売れないという話を良く聞く。都会の土地は盛んに流通しているが、地方の土地はめったに売買されない。地方の土地は骨董のようなもので、売りたい値段と買いたい値段が何倍も異なることがある。田舎暮らしを進める本などに、急がないなら買いたい土地にいくつか目を付けて、持ち主が売りたいと言うまで待てというアドバイスが書いてある。持ち主が都会の子供に引き取られる時などには安く売ってもらえるからだ。

 骨董は数が少ないが地方の土地はいくらでもある。テレビの「開運なんでも鑑定団」を見ても、雪舟や応挙の絵が本物であったためしはない。にもかかわらず、地方の土地が骨董のようになるのは、たまに高く買われることがあるからだ。その最大の理由は公共事業である。田畑に道路を通し、山にダムを作り、駅前を再開発するときには、公的部門は土地を高く買う。地方の駅前のシャッター通りでも坪100万円近いところがある。そこでどういう商売をすれば値段に見合う利益が得られるのか見当もつかない。

大事なのは地価ではなく
土地で「何を」するのかだ

 財務省が売れる値段で入札にかければ、地方の土地は安くなるだろう。地方の土地が安くなれば、土地の所有者は不愉快に思うだろう。十分な担保価値があるとして貸している銀行も当惑するかもしれない。だから、財務省は安く売る代わりに、値段の分からない貸付という方法で処分することを考えたのだろう。

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