チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年5月23日

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平野 聡 (ひらの・さとし)

東京大学大学院法学政治学研究科教授

1970年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授。アジア政治外交史担当。著書に『大新帝国と中華の混迷(興亡の世界史17)』(講談社)、サントリー学芸賞を受賞した『清帝国とチベット問題 多民族統合の成立と瓦解』(名古屋大学出版会)がある。

 先日、内陸アジアのオアシスの民として独自の文化を花開かせながら、今は中国の圧迫にあえぐウイグル人が、自らの苦境を打開し存在感をアピールするべく《世界ウイグル会議》を東京で開催した。その背後にある、中国のウイグル人亡命組織に対する「テロリスト」扱いをめぐる問題については、既に本コラムにて有本香氏が詳しくレポートされている通りである。

中国の態度硬化はなぜ?

 中国はこの問題をめぐり日本に対して相当強い態度をあらわにしている。例えば、世界ウイグル会議と時を同じくして開催された日中韓サミットにあたって、胡錦濤国家主席が李明博大統領と個人会談した一方で野田佳彦首相との個人会談を拒否したこと、そして経団連代表団と中国外相との会談が直前キャンセルされた背景には、東京都による尖閣諸島購入計画とならんで世界ウイグル会議開催に対する中国の危機感があるといわれる。

 いや、尖閣問題はかねてから漁船衝突事件以来、民主党政権の「主権放棄」(すなわち船長不起訴釈放)を奇貨として、中国は「我々こそ主権を行使するのだ」と言わんばかりに監視船を送り込み、緊張が日常化していることからして、尖閣問題の日本側における動きを理由として突然日本の首相を冷遇するというのは少々考えにくい。したがって、中国の日本に対する硬い態度の背景には、これまで日本においてほとんど知られていなかったウイグル問題について、日本が僅かでも関心を抱き関与することに対しての著しい警戒感があることは疑いない。

「核心的利益」侵害に強烈に反応する中国

 そもそも、歴史的に列強からの圧迫を受け、現在でも心を許せる友好国(とりわけ周辺国)を多数持っているとは言えない中国にとって、彼らが脳裏に描いている「神聖不可分」な領土の保持は絶対的な政治的信仰である。近年の中国が、領土保全と台湾問題・南シナ海問題の解決を「核心的利益」と位置づけるのは、まさにこの「領土が強敵に切り刻まれる(瓜分)ことへの恐怖心」に由来している。そこで、他者がどのような反応をするかに一切関係なく、中国は「核心的利益」が僅かでも侵害される可能性が生じれば強烈な反応をする。逆に、反応しないことは、「中国という国家の大義」への裏切りになりかねない。

 とりわけ近年、中国共産党・政府もネット世論にさらされており、対外的に軟弱な党・政府は不要だという、信仰に照らして最も反論しにくい「正義の声」が強まることは、平常時は勿論のこと、党大会を控えた現在においては何としてでも避けなければならない。

 だからこそ中国は、既に複数のメディアが伝える通り、ウイグルの人権状況に関心を持つ一部の国会議員に対して書状を送りつけ、ウイグル問題への関与は「日本の安全をも害する」などという不穏当な表現を以て、日本人が「核心的利益」に触ることを食い止めようとした。

 とくに中国からみて日本は、かつて中国を最も侵略したのみならず、今日でも日本の存在を強烈に意識することによってナショナリズムを鼓舞しているという点で、事実上最も警戒すべき存在であり続けている。その日本が、漢民族の地を挟んで日本とは正反対の位置に住むチベット人、そして今やウイグル人の境遇に対して関心を持つなどということがあってはならない、と考えているのであろう。

→次ページ 「我々こそ人権を保障している」

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