田部康喜のTV読本

2012年6月20日

»著者プロフィール
著者
閉じる

田部康喜 (たべ・こうき)

東日本国際大学客員教授

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

 あの時、どこにいて、何をしていたのだろうか。未解決事件を振り返る時、記憶をまさぐることは誰にでもある。

 ある時代は、事件によって甦り、時代はその事件によって象徴される。

ドキュメンタリー×再現ドラマ

 NHKスペシャル「未解決事件」シリーズは、「ファイルナンバー2」つまり第2回で、「オウム真理教」を取り上げた。5月26日と27日の両日にわたって、第1部と第2部、そして第3部が放映された。再放送は6月2日と3日、再々放送もあろう。ちなみに、再放送の3日、菊地直子容疑者が逮捕された。

 このシリーズは、昨年秋のファイルナンバー1で「グリコ・森永事件」を題材とした。今後、「三億円事件」「朝日新聞阪神支局襲撃事件」「世田谷一家殺害事件」など、あと7つの事件を取り上げることを予告している。

 ドキュメンタリーと再現ドラマを組み合わせた、新しい手法によって、番組は制作されている。原作を脚色しているのではなく、NHKの社会部をはじめとする取材陣が長期の取材を敢行し、新事実を掘り起こして、未解決事件に迫っている。

「松本サリン事件」から「地下鉄サリン事件」へ

 1995(平成7)年3月20日朝、東京の地下鉄の出勤時間帯を狙った、サリンによるテロ事件の瞬間はよく覚えている。旧通産省の担当記者だった私は、ビルの階上にあった記者クラブで、パトカーや救急車のサイレンが鳴り響くのを聴いていた。

 記者クラブへの到着時刻がちょっと遅れていれば、わたしが事件に巻き込まれていた可能性もある。

 「地下鉄サリン事件」の死者は13人、負傷者は約6500人にも及んだ。

 1994(平成6)年6月27日、「松本サリン事件」が引き起こされた。この日のこともよく覚えている。先輩記者の信州大学生だったご子息が犠牲者となった。

→次ページ サリン製造計画目標は70トン

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る