田部康喜のTV読本

2012年6月20日

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田部康喜 (たべ・こうき)

東日本国際大学客員教授

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

サリン製造計画目標は70トン

 ファイルナンバー2「オウム真理教」が、ドキュメンタリー部分で明らかにした新事実は、教団の設立当初から、武装闘争によって、日本を破壊しようとしていた疑いが強いことだった。サリンの製造計画は、70億人が死亡する70トンの目標が設定されていた。

 元信者50人以上に対するインタビューと、麻原死刑囚の説法を録音した700本のテープ、元幹部の証言、元幹部の死刑囚との手紙のやり取りから明らかにされる。

 1990(平成2)年、熊本県の旧波野村の教団施設のなかで、武器の研究と風船爆弾の試作が進んでいた。熊本県警は、教団の実態に迫るために、土地の取得をめぐる国土法違反容疑で強制捜査に入る準備をしていた。

 熊本県警に勤務する夫を持つ女性信者が、この情報を教団にもたらし、隠蔽工作がなされる。しかも、県警の内部で、教団に強制捜査に入ることが、信教の自由とのかかわりから検討を加えるために、強制捜査は当初予定より1週間遅れた。

 NHKの取材陣から、内部情報が漏れたことを知った当時の幹部は絶句する。

Xデー2日前に発生した「地下鉄サリン事件」

 「松本サリン事件」を捜査していた長野県警と、「坂本弁護士一家殺害事件」を捜査していた神奈川県警はそれそれぞれ独自に、教団がサリンの材料を傘下の企業を通じて手に入れていたことを突きとめていた。

 この情報は、警察庁の公安部門にあがった。幹部の証言によれば、「宗教団体がサリンによるテロということはなかなか考えにくかった。初めての経験だったので強制捜査まですぐにいくことはできなかった」という趣旨の発言をしている。

 この間に、警察庁の公安部門は、全国の県警に連絡して、教団に対する強制捜査が可能な案件を探らせた。山梨県警は信者の監禁事件によって、それが可能だ、との判断を返した。

 しかしながら、幹部の判断はこうだった。山梨県警は小規模な県警であり、比較的大きな熊本県警も強制捜査によって、教団の実態を解明できなかったことも判断材料として、警視庁や神奈川県警の捜査の進展を待つことにした。

 強制捜査に着手する「Xデー」は、1995(平成7)年3月22日とターゲットが決まった。しかし、その2日前に「地下鉄サリン事件」は発生した。

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