チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年8月6日

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城山英巳 (しろやま・ひでみ)

時事通信社外信部記者

1969年生まれ、慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社入社。社会部、外信部を経て2002年6月から07年10月まで中国総局(北京)特派員。 外信部を経て11年8月から2度目の北京特派員。11年、早稲田大学大学院修士課程修了。現地での中国取材は10年に及ぶ。16年5月に帰国し、現在外信部記者。近著に『中国 消し去られた記録〜北京特派員が見た大国の闇』(白水社)、著書に『中国臓器市場』(新潮社)、 『中国共産党「天皇工作」秘録』(文春新書、「第22回アジア・太平洋賞」特別賞受賞)、『中国人一億人電脳調査』(文春新書)がある。14年に戦後日中外交史スクープで13年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。

 「災害が起こるとすぐ現場に駆け付ける温家宝総理ですら行かない。そればかりか最高指導部・政治局常務委員9人のうち誰も北京の豪雨に関して一言も発しない。これは異常事態。それだけ北京は敏感、ということなんだよ」

 共産党関係者はこう打ち明ける。7月21日に北京を襲った過去61年間で最大となった豪雨で、市南西部・房山区を中心に79人が死亡した。当初発表の死者37人に対してミニブログ「微博」で「そんなはずがない」と疑念が爆発し、その後死者数を修正する「情報隠蔽」疑惑も浮上。それでも党中央は7月に新たに発足したばかりの北京市トップ郭金竜党委書記に任せっきりで、温家宝は房山区ではなく、黄河・長江の洪水対策のため河南省・湖北省に行ってしまった。

 前出・党関係者は「秋の党大会を控え、党内では権力闘争が激しくなっている。北京の問題で何か言えば揚げ足をとられかねない」と漏らす。党大会での指導部人事を話し合う非公式会合に参加するため、既に指導者は河北省の避暑地・北戴河に入った。すべてが「安定」という敏感な時期に中国は入ったわけだが、私が北京で様々な幹部や知識人らと交流する中でも極度の緊張感を感じざるを得ない。

「中南海が沈めばいいんだ」

 なぜ北京の豪雨にそんなに神経を尖らせるのか。それを理解するためには北京の「民意」を読み解かなければならない。7月27日、4億人以上が利用する「微博」には、郭金竜と市長代理・王安順が深々と頭を下げる写真が一斉に広まった。郭は「われわれは絶えず深く反省し、永遠に心に刻み、自分の仕事を改善し、このような災害を二度と起こさせない」と述べたが、この最大級の謝罪の裏側には市民の怒りが隠されている。

 筆者は翌日、最も深刻な被害を受けた房山区の青竜湖鎮北車営村を取材したが、泥まみれの村で村民から聞かれたのも政府への憤りだった。村民の張秀紅さんはこうぶちまけた。

 「村では『新農村建設』という農業現代化を目指す大プロジェクトで数億元(数十億円)を使ったのだが、実際は『おから工事』ばかり。ほら、あの道路を見て。セメントを使うべきなのに、中は砂ばかりでおからみたいにスカスカでしょう。だから大雨で道路には亀裂が入り、陥没した。道路下の汚水管も穴だらけ。手抜き工事で浮いた金は書記ら幹部の懐に入っている。水利建設をしっかりしていないから、豪雨被害が大きくなる。われわれは何度も陳情して腐敗を訴えたが、上は聞いてくれない。豪雨から一週間なのに、誰も村幹部は来ない。そればかりか1日当たり、一家族にカップ麺が1個しか支給されない」

 わずか30分間で足元を覆う程度だった水かさが突然、肩にまで押し寄せる豪雨。村ばかりか市中心部でも見られた「異変」の原因は、北京の排水整備に欠陥があった。北京の新聞には連日、「人災」で命を落とした市民の悲惨なストーリーが報じられ、市民の我慢は限界に達している。

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