2024年5月19日(日)

VALUE MAKER

2021年1月1日

 もっとも、スタートは予想以上に大変だった。学校にお願いすれば小冊子を生徒たちに配ってもらえると考えていたが、役所の壁は高かった。公立の学校に民間企業のPRになるものは置けない、と言われたのだ。ある金融機関が「お金」についての知識普及を目的に作った冊子を、良かれと思って公立学校に置いたところ、別の金融機関に勤める保護者からクレームが入った前例がある、という話も聞かされた。

 一方で、地元にどんな企業があるかも知らないまま、県外企業に就職してしまうことを嘆く教師たちもいた。地元今治の教育長が熱心に校長や教育委員会の説得に当たってくれるなど、応援団も出てきた。原社長も県下の教育委員会を回って頭を下げた。

 昨今は、キャリア教育や職場体験が中学高校の授業に組み込まれていることもあり、副教材のような使われ方もするようになった。また、掲載した企業での職場体験の依頼も増えている。

 フリーペーパーは、会員になってもらった企業の協賛金や、記事掲載料で賄っている。今や協賛会員企業は300社に及ぶ。人手不足が続いた中で、高校を卒業した生徒が就職でどんどん地元を離れていくことに危機感を覚える経営者も少なくない。

 今治市の名産品である「今治タオル」を製造する老舗の「楠橋(くすばし)紋織」の楠橋功社長もそのひとり。「昔は地元で名前の通った会社でしたが、最近は正直言って知名度が下がっている。特に若い人にはあまり知られていない」と語る。高卒の人材も募集するがなかなか採用が難しいという。工場内には海外から来た「技能実習生」の姿も目立つ。

 「cocoroe」の最新号には、同社企画開発部の金子琴音さんが掲載されている。地元の今治南高校を卒業後、楠橋紋織に入って8年目になる。「少しでも好きな地元に貢献できたらと思い、この仕事に就きました」と金子さん。掲載されて、「見たよ」と声をかけられたと笑う。

 実は、原社長も楠橋社長も、今の仕事が「やりたい仕事」だったかというと必ずしもそうではなかった。

写真左:『cocoroe』で紹介された金子さん、 写真右:左から「楠橋紋織」の金子さん、楠橋社長、原社長

「巡り合わせ」

 ハラプレックスは原社長の曽祖父が興した会社。原社長は東京大学工学部で学んだ後、総合商社に入り鉄のパイプを売る営業職に就いた。当初は後を継ぐことは考えていなかったが、商社に6年勤めた28歳の時、ハラプレックスに戻り、36歳で社長を継いだ。いわば「巡り合わせ」で就いた今の仕事だが、もちろん「やりがい」を感じている。「cocoroe」も社長になって間もない時期に始めた。実は曽祖父が1909年に印刷業を始めたのは、手書きの同人誌を印刷し、多くの人に伝えたいと考えたことがきっかけだったと伝わる。そんな創業の原点に「cocoroe」は通じるものがあるように感じる。

 楠橋社長の今の仕事との「巡り合わせ」はさらに劇的だ。


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