技術に勝ってビジネスで負ける事例は、『イノベーションのジレンマ』(01年、翔泳社)というベストセラーに多く示されている。優良企業が技術の改良を続けるうちに、いつしか高級品になりすぎて市場から離れ、その間隙をぬうようにして新興勢力が廉価で新しいコンセプトの商品をだし、瞬く間に市場を奪ってしまう事例である。
これを読むと日本の電機業界が今世界で苦戦していることはなにも特別な事例ではないと分かる。苦戦する状況をみて、知財(知的財産権)活動をあまり熱心にしても意味がないという主張を聞くことがあるがそれは間違いである。
知財は企業間競争で使用が許される直接的な武器である。使用の巧拙がビジネスの結果に大きな影響を及ぼすが、戦略として有利な条件で戦いにのぞめるように全体を構成することも、戦術として個々の戦いの中で勝つように動くことも、武器の使用と似たようなところがある。
『イノベーションのジレンマ』で紹介されている事例にホンダのスーパーカブが世界の主要な二輪車メーカーを市場から消し去った件があげられている。スーパーカブは1958年に日本で発売され、翌年米国に輸出、その後東南アジアに輸出され、数年のうちに世界を席巻した。
日本での発売から8年後、ホンダは知財を武器として使用した。スーパーカブ意匠権侵害訴訟である。これは73年5月25日に東京地裁から判決がでた。被告の得た利益が21億6194万円あり、それが損害としてその内金7億6100万円を支払えという内容である。この金額は02年まで日本の知財訴訟上の最高額でありつづけた。1件の意匠権も武器として使えばこれだけの効果をもたらす。意匠権の強さは、なにも今のアップルのサムスンへの訴訟を待たずとも日本に先駆的な事例があったのである。アップルについては改めて書く。
日本企業の進むべき道
私のホンダへの入社は判決から4年後だが、最初の仕事はスーパーカブ訴訟の記録を整理することでもあった。スーパーカブは本田宗一郎が自ら手掛けた機種である。彼は「(知財の)権利は使わなければいけない」との発言を社内報でしている。私も何度か本田さんの謦咳(けいがい)に接することができたが、この言葉は直接いわれたものではないものの、後年になり知財の仕事をまかせられたときに、なにやら本田さんからの指示のような気がして、知財を競争の武器として使うことに自然に熱心になっていった。