TPP交渉は着々と進み、アメリカは10月にも大筋合意を狙う。
日本は交渉入りそのものが政局にされ、チャンスを自ら狭めている。
国際協定で原加盟国の立場を逃すデメリットは大きい。一刻も早い「交渉参加」を。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉が加速している。オバマ大統領の2期目が1月21日にスタートし、アメリカ政府の新体制が確立、貿易政策についてもロン・カーク米通商代表(USTR)の後任が確定した。2009年11月に東京で「アメリカはTPPに積極的に関与する」と宣言したオバマ大統領は今年10月にもTPPの「大筋合意」を目指す意向だ。日本の交渉参加の「ウィンドウ・オブ・オポチュニティ」(チャンスの窓)はどんどん小さくなっている。
10年3月に始まったTPP交渉は、昨年12月上旬に15回目の交渉会合をニュージーランドのオークランドで開催、これまでの9カ国に加えて新たにカナダとメキシコが参加した。これら2カ国は11年11月に野田佳彦首相(当時)が「交渉に向けた協議に入る」と表明した後に日本を追いかける形で協議入りを明らかにした国々である。日本はまさに追い越されたわけだ。
この第15回交渉会合の期間中、「ステークホルダー会合」と呼ばれる民間のビジネス関係者約300人が集う会合も開催され、知的財産権、環境、市場アクセス等に関する70以上のプレゼンテーションが行われた。また、交渉担当者との非公式な意見交換も行われ、各交渉参加国の首席交渉官らによるビジネス関係者のための交渉についてのブリーフィングもあった。このように交渉参加11カ国のあいだでは官民の一体感のある連携が深まりつつあるが、日本経済のステークホルダーは相変わらず「蚊帳の外」にいる。
日本におけるTPPの悲劇は10年10月1日、菅直人首相(当時)が所信表明演説で「TPP交渉への参加を検討する」と言ったことに始まる。この一言で貿易交渉の1つでしかないはずのTPP交渉が「政治化」されてしまった。貿易の自由化を巡る交渉でそれまで一度でも交渉入りそのものが「政局」になったことがあっただろうか?
「交渉参加」と「協定受諾」は異なる
ウルグアイ・ラウンド(1986~94年)ではGATT(関税と貿易に関する一般協定)の下で初めてコメを含む農産品の自由化が交渉対象になったが、交渉入りについて論争はなかった。日本は現時点で13件のEPA(経済連携協定)を発効させているが、いずれも交渉立ち上げの段階で「国論を二分する論争」にはならなかった。