世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2013年3月8日

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 フィナンシャル・タイムス紙のコラムニスト、デイヴィッド・ピリング(David Pilling)が、1月30日付同紙掲載の論説で、「パイプラインはミャンマーへの駆け込みを示す」と題して、ミャンマー問題は単なる民主化の問題ではなく、地政学的確執の問題であると、中国の出方を中心に論じています。

すなわち、中国は東部沿岸の開発に集中してきたが、今年5月に「西部沿岸」を持つに至る。雲南省昆明とベンガル湾が、ミャンマー経由で800kmのガス・パイプラインで結ばれ、来年は石油パイプライン、その後、道路、鉄道が出来る。

 中国が米のように太平洋と大西洋に面するようになるわけではないが、内陸部から海への出口が出来る。ミャンマーの地政学的意義を説いた「中国がインドに出会う」の著者、タン・ミン・ウは、パイプラインは中国の「二つの大洋」政策の一里塚と評している。米のカプランは、インド洋にプレゼンスも持つかどうかで、中国が世界的な強国になるか、地域的強国にとどまるかが決まるとしている。

 西側は、ミャンマーを人権と民主化のプリズムを通して見てきた。スー・チーが軍事政権と戦っているとの物語である。これは重要な側面であるが、アジアの最も戦略的な国家についての確執も、それと同じように重要である。

 どのようにして中国・インド洋のパイプラインが出来るようになったのか、思い出す価値がある。1990年代、ミャンマーは、仏トタール社が建設したパイプラインで、海上で採掘したガスの一部をタイに輸出した。インド、韓国、中国が別のガス田開発で競争した。2006年、中国がミャンマーの人権問題を非難する安保理決議に拒否権を発動した直後、中国は雲南省へのパイプラインの権益を獲得した。それは、胡錦涛が「マラッカ・ジレンマ」(中国の石油の80%はマラッカ海峡経由であり、新しいパイプラインはマラッカへの依存度を3分の1減らす)と呼んだものを解決するのに役立つ。

 中国のミャンマーへの影響力はこれにとどまらない。中国人が何百万もミャンマーに移民しており、マンダレーは中国の出先の感がある。鉱山やダムへの投資も多い。2010年ウエブ上院議員が、ビルマは「中国の1省」になる危険があると述べた。

 中国支配への怖れがミャンマーの将軍とワシントンの妥協をもたらした。2011年のミャンマーの開放は、米のアジアへの軸足移動と時期的に一致した。地政学的考慮が民主化より決定的であったことが、今後明らかになるかもしれない。将軍たちの最初のシグナルは政治犯釈放ではなく、ミッソンダムの建設停止であった。

 それからミャンマーへの進出がはじまった。米、欧州はプレゼンスを拡大し、日本は63億ドルを債務免除し、新しい金融の流れへの道を開いた。日本はダウエイ海港や南部工業地帯に関心を持っているのかもしれない。米はミャンマーに米・タイ演習を視察させた。

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