2024年5月20日(月)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2022年4月3日

 一方で、ロックという人は、とにかく過去20年にわたって黒人のトップ芸人として、真ん中からリベラルの立場から「危ない」ジョークを繰り出し続けることで、業界を盛り上げてきた功労者である。その「毒舌」が売り物である以上は、ここで彼の発言を糾弾するのは業界としては、自分で自分の首を絞めることになる。ロックに対する非難の声が小さいのはこのためだが、仮にロックを「無罪放免」とするのであれば、スミスだけを処分するのは躊躇されるという感覚も、一部にはある。

脱毛症という病気と向き合えない米国社会

 一つ、残念なのは、一連の騒動の中で、ジェイダ夫人の病気に関して、米国社会として誠実に向かい合う姿勢が一向に生まれないことだ。この女性の脱毛症、その人知れぬ苦労については、男性の加齢現象とは区別して誠実に認識しなくてはならないが、この点が極めてウヤムヤになっている。

 ジェイダ夫人のように後天的なものだけでなく、先天的な無毛症、少毛症というものもあり、この場合も特に女性の場合は苦労している人もある。例えば、カリフォルニアのブルーグラス歌手で、「次のタイラー・スイフト」候補の一人と目されているモリー・タトルは、近年、先天性のこの病気をカミングアウトしたが、病気への社会的認識を改める動きになっていない。

 いずれにしても、アカデミーの迷走は目に余る。その大きな背景としては、パンデミックの影響で劇場での映画鑑賞というビジネスモデルが崩れ、ストリーミング勢力が一気に拡大している中で、業界全体が激しい変動の中にいるということがある。業界もアカデミーの位置付けも不安定な中で、事件への対応が迷走しているということも十分に考えられる。

 だが、今回の事件について、メリハリのある対応が取れなければ、業界の地盤沈下は加速するのは間違いない。その点では、危機感が足りないとも言える。

   
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