2024年5月20日(月)

INTELLIGENCE MIND

2022年9月26日

 このように古代ローマの為政者にとって必要なインテリジェンスは、異民族との戦争のための軍事情報と、為政者の身の安全を図るために政敵の情報を得ることであり、カエサルは明らかに前者に秀でていた。

 カエサル没後、権力を握った初代ローマ皇帝アウグストゥスは後者を重視し、政敵の情報をその奥方と一夜を共にすることで得ていたという。 

 また彼が足を骨折した時には、部下に賄賂を渡すことで、自らの情報が広まらないよう工作していた。このようにアウグストゥスは、身辺警護情報に細心の注意を払っていたため75歳という天寿を全うし、死の直前まで権力を握り続けることができたという。

 アウグストゥス以降のローマ皇帝たちも、基本的には軍事情報よりは身辺警護情報をより重視することになるが、それでも歴代皇帝の4分の3は暗殺されるか、クーデターなどの憂き目に遭っている。

栄華を誇ったローマ帝国
なぜ崩壊したのか?

 カエサルと比較すると、アウグストゥスは戦争を得意としていなかったようで、紀元9年に腹心のウァルスにゲルマン部族の討伐を命じたが、事前の情報収集も行わないまま湿地帯の広がるトイトブルクの森で戦端を開き、2万人以上のローマ軍部隊は全滅した挙げ句、ウァルスも自決に追い込まれたのである。

 この敗戦はアウグストゥスが「ウァルスよ、わが軍団を返せ」と叫んだことが今に伝えられるほどの衝撃であったという。しかしこの時代、ローマ帝国の力は強大になりつつあったので、一度敗北しても、反撃する余地が残されていたのも事実である。また、多くの歴代皇帝に共通したのは、帝国全体をどう運営していくかという戦略を持たなかったために、戦略インテリジェンスが必要とならず、辺境で生じる反乱に対して場当たり的に対処するということが続けられたのである。そもそも辺境の蛮族に興味を持つローマの為政者はほとんどいなかった。

 その結果、トイトブルクの敗北から約370年後のハドリアノポリスの戦いに至っても状況は大して変わらなかった。ウァレンス・ローマ皇帝は、敵軍であるゴート族と対峙しながら、その戦力すら把握しておらず、甥のグラティアヌスからの援軍の申し出も断るありさまであった。戦闘が開始されると、3万人ものローマ軍のうち、2万人が死亡し、ウァレンス皇帝自身も戦死したのである。この戦いを契機に、栄華を誇ったローマ帝国は崩壊の一途をたどることになった。

 古代ローマにおいては、時代が下れば下るほど、為政者が内向きになってしまい、対外問題や軍事に関心を払わない傾向が見え隠れする。古代ローマのインテリジェンス分野においては、やはりカエサルが最も卓越していたのではないだろうか。

 
 『Wedge』2022年10月号では、「諦めない経営が企業をもっと強くする」を特集しております。全国の書店や駅売店、アマゾンでお買い求めいただけます。
 かつては日本企業から世界初の新しいサービスや商品が次々と生み出されたが、今や見る影もない。その背景には、「選択と集中」という合理化策のもと、強みであった多くの事業や技術を「諦め」てきたとの事実が挙げられる。バブル崩壊以降の30年、国内には根拠なき悲観論が蔓延し、多くの日本人が自信を喪失している。だが、諦めるのはまだ早い。いま一度、自らの強みを再確認して、チャレンジすべきだ。

◇◆Wedge Online Premium​(有料) ◆◇

 

   
▲「Wedge ONLINE」の新着記事などをお届けしています。

Wedge 2022年10月号より
諦めない経営が 企業をもっと強くする
諦めない経営が 企業をもっと強くする

かつては日本企業から世界初の新しいサービスや商品が次々と生み出されたが、今や見る影もない。その背景には、「選択と集中」という合理化策のもと、強みであった多くの事業や技術を「諦め」てきたとの事実が挙げられる。バブル崩壊以降の30年、国内には根拠なき悲観論が蔓延し、多くの日本人が自信を喪失している。だが、諦めるのはまだ早い。いま一度、自らの強みを再確認して、チャレンジすべきだ。


新着記事

»もっと見る