解体 ロシア外交

2013年6月3日

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 最近、旧ソ連地域であり、ロシアの裏庭とも言える中央アジアにおける米ロの軍事基地を巡る攻防が目立つようになってきた。

 米国は、2014年の北大西洋条約機構(NATO)軍のアフガニスタンからの撤退をにらみ、自国軍をアフガニスタンに接する(アフガニスタンも中央アジアだとする見方もある)中央アジアに軍事拠点を置くことを目指している。

「テロとの戦い」における中央アジアの米軍基地

中央アジアの主な米ロの基地 (編集部作成)
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 だが、中央アジアへの米軍基地設置の動きは、今回が初めてではない。米国は、「テロとの戦い」のため、2001年の米国同時多発テロ(9.11)後に、アフガニスタンをにらみ、中央アジアのキルギスのマナス空軍基地とウズベキスタンのハナバード空軍基地を米軍が利用する許可を得た(ただし、ウズベキスタンはアンディジャン事件1への欧米の批判を受け2005年に基地を閉鎖)。

 この動きは、非常に例外的だった。旧ソ連、すなわちロシアの影響圏に米軍基地が設置されることをロシアが容認したことは世界を驚かせた。ただしこれは、冷戦後も良好になったり、悪化したりしながら推移してきた米ロ関係の「テロとの戦い」で一致した希有な蜜月期に生じた出来事であった2。しかし、その蜜月は長くは続かず、ロシアは米国が旧ソ連地域に基地を持つことに明らかな嫌悪感を示すようになっていった。

キルギスでは微妙な駆け引きを展開

 ウズベキスタンが、早々に米軍基地を閉鎖した一方、キルギスは米ロ間で微妙な駆け引きをすることになる。マナス基地への米軍駐留が始まったのは2001年12月だが、2003年10月からは、CIS集団安全保障条約機構(CSTO)の枠組み内で、ロシア空軍がカント空港に駐留しており、キルギスでは米ロ軍が共存することとなった。

*1:民衆の抗議デモに対して内務省の軍が発砲し、数百名の死者(実数は不明)が出た事件。欧米各国や日本などは国際的な枠組みの中で調査を求めているが、一連の事件の経緯や結果がウズベキスタン側から詳細な経緯が公表されず、また、ウズベキスタンはこの事件を機に米国から距離を置くようになった。人権問題として国際的な関心を集めている。

*2:拙著『ロシア 苦悩する大国、多極化する世界』アスキー新書(2011年)、拙稿「ロシアの対コーカサス外交:テロと紛争の狭間で揺らぐ国際関係」(松井弘明編『9.11以降の国際情勢の新展開とロシア外交』日本国際問題研究所、2003年)などを参照されたい

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