研究と本とわたし

2013年6月20日

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中田正則 (なかた・まさのり)

フリーライター

1956年京都府生まれ。早稲田大学卒。出版社等勤務を経て1986年に独立。以来、主として雑誌媒体で、ビジネス・経済・経営・人事分野の取材記事やインタビュー等を中心に執筆。

静岡県知事として多忙な日々を送る川勝平太氏。現在は、読書、研究、執筆にあてられる時間は早朝だけというが、本との出会いは遅い方だったという。その道程を伺った。

――比較経済史がご専門で、これまで古今東西の膨大な史料に対峙されてきたと思いますが、幼少時から本に興味があったのでしょうか。

川勝平太氏(以下、川勝氏):子供のころは読書の習慣がありませんでした。

川勝平太氏 (撮影:ウェッジ書籍部)

 家が京都御所の近くで、御所で遊びまわっていました。ただ、幼稚園児のとき、母の勧めでバイオリンを習うことになり、小学生のときは嫌々やっていたのですが、中学生になったあるとき、美しい楽曲が頭の中にしきりに流れてくる、それがたまたまラジオでメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲が鳴っていて、その一節だとわかったとき、すごく嬉しかった。

 バイオリンの発表会などで上手な人が弾くのを聴いており、知らないうちにメロディーが心に残っていたのですね。以来、音楽の魅力にとりつかれて、聴けない状況が続くと、食欲以上にもっと激しく音楽に飢えます。

 当時、毎朝8時5分にNHKラジオの「名曲の時間」という番組で好きなベートーヴェンの曲などが流れると、ラジオを抱きかかえたまま母が何と言っても動かない。学校は8時30分くらいに始まるから遅刻の常習犯(笑)。

 中学時代は、バスケットに明け暮れる体育系の暴れん坊で、読書はほとんどしていません。ただ、近所のお医者の息子さんが京大に受かって家庭教師のアルバイトを始めるというので、数学を教わることになりました。どんどん解けるので、おもしろくなり、中学2年で数I・II・III、幾何学も終えて、物理にも手を染め、中学3年の夏休み前には「もう教えることがない」と言われ、家庭教師とは卓球をして遊んでいました。

 学校では、廊下で相撲をとったり、授業中に大学受験の問題集を開いているのを見つかったり、遅刻はするし、気がつくと不良少年の連中には親しまれていましたね(笑)。

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