2024年5月21日(火)

未来を拓く貧困対策

2023年1月2日

 現金で渡せば子どものために使わずに、親が自分のために使ってしまう。または、将来のために貯金することで、その経済効果を計測することができない。クーポンが使用できる店を市内限定にすれば、地域活性化も図れて一石二鳥の取組になる。使い道がわかることで、政策効果を示すエビデンス(証拠)も集めやすい。

 信用できないという点では市町村も変わらない。単に交付金を出すだけでは事業評価ができないから、国主導で事業スキームを固めて、指示されたとおりに動くことを求める。「子育てガイドを一緒に確認」「子育てサークルや父親交流会の紹介」など、その内容は個別具体的に示される。繰り返される「地方自治体(市町村)の創意工夫」というフレーズがむなしく響く。

エッセンシャルワークの「ブルシット・ジョブ化」

 一方で、今回の事業では妊産婦のケアや虐待予防の役割を中心に担ってきた市町村の保健師などの人員増はうたわれていない。代わりに推奨されているのが、NPO法人等の民間団体への委託である。これは、公務員保健師などが中心的に担ってきた虐待発見やその後の支援などの責任を、民間の非専門職に転嫁していくことを意味する。

 よく知られているように、保健センターは感染症予防対策の最前線である。長引くコロナ禍によって現場の職員は疲弊しきっている。このほか、出産から乳幼児期を中心とした母子保健も保健センターの主要業務であり、妊婦検診や乳児家庭全戸訪問などの事業を抱えている。

 この結果、時間も手間もかかるハイリスク家庭の見守りなどのエッセンシャルワーク(なくてはならない仕事)に十分な人員を割くことができず、不幸な事件を防ぐことができないジレンマを抱えている。現在の保健師には、子育て世帯の自宅を訪問し、ゆっくりと時間をかけて不安を聞き取り、親子と信頼関係を築くだけの精神的・時間的余裕が失われている。

 今回の事業は、「伴走型相談支援」との看板を掲げているが、その実態は、「妊産婦総監視社会の到来」ともいうべきチェック体制の構築に過ぎない。

 5万円のクーポン券をもらいたいがために面談する利用者が、日々の育児の苦労などを初対面の担当者に話すだろうか。また、面接相談の専門教育を受けたこともなく、虐待対応の経験もない非専門職が、わずかな時間でハイリスク世帯を判断することができるだろうか。

 「面倒くさいな、早く終わらないかな」と感じる市民に対して、チェックシートを埋める面談を繰り返すことが常態化し、計画通りに面談を進めることが目的化していくことが容易に予測できる。エッセンシャルワークの「ブルシット・ジョブ化」である。

 さらに、慢性的な人員不足の中でハイリスク家庭を見つけることは、虐待対応にあたる保健師や市町村の児童担当課職員の過重労働を招く。市町村と委託団体のNPO法人は、元請けと下請けの関係である。元請けの面倒な仕事を増やすハイリスク世帯の発見が歓迎される訳もない。結果、「見て見ぬふり」が常態化し、子どもの困難に支援を差し伸べる体制も崩壊していく。

 問題が起きたときの、「委託団体の面談が甘かった。今後は指導を徹底していきたい」という市町村の記者会見が目に浮かぶようである。

 残るのは、「すべての妊産婦と面談して、クーポン券を配布し、有効に活用された」という政策効果だけである。事業がなければ実施することができた家庭訪問や、その家庭訪問で発見することができた虐待を受けた子どもたち、手間と時間をかけた支援で救うことができた命はカウントされない。

メディアを騒がせた事件に即応する「場当たり的予算」

 第2の目玉事業は、大規模保育所での保育士の勤務環境の改善である。国の現行の配置基準「4~5歳児30人に保育士1人」を維持しながら、追加で保育士を雇う際の補助金を拡充し、「園児25人に保育士1人」の実現を目指すものである。

 22年度から相次いだ通園バスへの園児置き去り事件、静岡県裾野市の私立さくら保育園の園児虐待事件が発生したことは記憶に新しい。安全管理が保育現場任せになっていたこと、保育士1人当たりが担当する子どもの数が多すぎることなどが事件の要因として指摘されている。

 エッセンシャルワーカーの過剰な負担については筆者もたびたび指摘してきたところであり、加配を評価したい気持ちもある。しかし一方で、「今、このタイミングで最優先事項として行うことなのだろうか」という気持ちも捨てることができない。

 厚生労働省の集計では、22年4月1日時点で認可保育所などに入所できない待機児童数が前年比52.3%減の2944人となった。1994年の調査開始以来、3000人を下回ったのは初めてで、4年連続で過去最少を更新した。直近のピークである2017年の2万6081人から、5年で9分の1まで減少したことになる(図表2)。

 背景には、認可保育所や認定こども園に加え、企業などが設置する従業員向け保育所などの受け皿の拡大、少子化の加速による利用児童数の減少、新型コロナウイルス感染拡大による利用控えなどが挙げられる。地域別では、待機児童の約6割が都市部に集中しており、100人以上の待機児童がいるのは鹿児島市、千葉県八千代市、兵庫県明石市の3市のみであった(出所:nippon.com)。


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