2024年5月21日(火)

未来を拓く貧困対策

2023年10月26日

結果として「行政の不作為」を肯定することにも

 もう一つの懸念は、今回の改正案の目的であった「行政責任の明確化」の動きが弱まることである。保護者からの批判に隠れているが、改正案は市町村幹部からも批判の声があがっている。

 「学童指導員の大幅な増加や、外で遊ばせるときの見守りも必要になる。保育時間も延長させる必要があり、そのための人員配置も必要になる。財政負担はばかにならない」「我々市町村がどれだけ困るか分かっていない」。新聞報道では、県内の市町村長や幹部職員の声を紹介している(毎日新聞、2023年10月9日)

 一見すると保護者と同じ方向を向いているようにみえるが、よくよく見れば「金がないので、私たちは子どもの安全に関する責任は持てない」という趣旨である。改正案は、子どもの安全確保は保護者だけでなく、県や市町村といった行政にも、虐待から子どもを守る責任があることを明確にしようとした。この点はもっと評価されてよい。

 保育園の待機児童問題ほど話題になっていないものの、近年、都市部を中心に学童保育の待機児童が増えている。

 NHKの調査によれば、東京23区だけでも待機児童の数は2500人を超えている。厚生労働省によれば、2022年5月時点で利用する児童の数は全国で139万2158人。統計を取り始めた1998年以降、最も多くなっている(NHK、2023年3月27日)

 実際のところ、学童保育は保育園に比べて簡単に増やすのが難しい事情がある。

 学校から学童までの大人の送迎を想定していないため、学校の付近につくる必要がある。このため、補助金を出して民間企業の参入を促すといった保育園の拡充でとれた対策が取りにくい。厳しい財政運営を強いられる市町村にとっては厳しい注文といえる。

 しかし、だからこそ解決策を真剣に議論すべきではないだろうか。

「賛成か、反対か」ではない議論を

 虐待の定義が曖昧なまま制定を優先したこと、不十分な説明と不透明なプロセスが見受けられること、ひとり親家庭など子育てに苦労している当事者への配慮が見られないこと、待機児童解消をうたいながら財源の裏付けがないことなど、改正案の提出にあたっては課題も多い。

 すでに他の記事や識者のコメントで触れられている諸々の課題も踏まえて総合的に判断すれば、筆者も改正案には反対の立場であるし、当事者の声に押される形で改正案が取り下げられたことは歓迎すべきことと考える。

 しかし、「勝った」「負けた」という勝負事にして、一段落したら忘れ去るのは、いかにももったいない。

 今回の一件で、「浮き彫りになった『子育てに対する理解や環境整備の乏しさ』」(豊田真由子、2023年10月12日)を踏まえ、子どもたちを社会全体で守り、育てていくために、私たちが何をすべきなのか考えるきっかけにしていきたい。

(参考)
議第二十五号議案 埼玉県虐待禁止条例の一部を改正する条例
埼玉県虐待禁止条例(平成二十九年埼玉県条例第二十六号)の一部を次のように改正する。
第六条の次に次の一条を加える。
(児童の放置の禁止等)
第六条の二児童(九歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあるものに限る。)を現に養護する者は、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置をしてはならない。
2 児童(九歳に達する日以後の最初の三月三十一日を経過した児童であって、十二歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあるものに限る。)を現に養護する者は、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置(虐待に該当するものを除く。)をしないように努めなければならない。
3 県は、市町村と連携し、待機児童(保育所における保育を行うことの申込みを行った保護者の当該申込みに係る児童であって保育所における保育が行われていないものをいう。)に関する問題を解消するための施策その他の児童の放置の防止に資する施策を講ずるものとする。
第八条に次の一項を加える。
2 県民は、虐待を受けた児童等(虐待を受けたと思われる児童等を含む。第十三条及び第十五条において同じ。)を発見した場合は、速やかに通告又は通報をしなければならない。
第十三条第一項中「(虐待を受けたと思われる児童等を含む。以下この条及び第十五条において同じ。)」を削る。
附則
この条例は、令和六年四月一日から施行する。

   
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