伝統の中に西洋を感じる
開放的な空間
奈良市の中心部、奈良公園から奈良町一帯はかつて、その大半が興福寺の境内であった。そのシンボルマークである五重塔は、街のどこからでも眺めることができる。奈良ホテルもまた、興福寺の塔頭「大乗院」があった場所に建てられている。
瓦屋根に鴟尾が乗った表玄関を入ると、左手にフロント、右手奥に喫茶室をかねたロビーが設けられ、中央は吹き抜けとなっている。正面の大階段を上がると、踊り場に大きな銅鑼が掛けられている。食事の時間に鳴らされたものだというが、手すりにつけられた陶製の擬宝珠とともに、和洋折衷の美しさを醸す工夫でもあったろう。さらに上がった先が、吹き抜けを囲むように設けられた2階のバルコニースペースである。
折り上げ格天井、かつては格式ある建物のみに許された天井からは和風シャンデリアが下がる。置かれているのは螺鈿細工が施された和洋折衷のソファである。そこで寛ぐ宿泊客の眼には、美しい若草山や五重塔が映し出されたはずだ。ここは奈良の街が一望できる場所なのである。
客室へと続く廊下はゆったりして天井も高い。それもそのはず、本来なら3階建てにできる高さを2階建てにしているからで、それは客室の中も同様だ。堀も宿泊したというスタンダードツインの部屋は、22平方メートルほどの簡素な内装。ただ、天井の高さが4メートル、窓も3メートルほどあって、窓枠には細かな細工が施されて美しい。カーテン越しの柔らかな光が部屋に満ちて、ヨーロッパの伝統あるホテルそのままの空気感である。
館内の至るところ、100年を超える伝統が息づく。フロントの前には日本画の傑作、上村松園の「花嫁」が飾られ、ロビーにはアインシュタインも弾いた古いピアノが無造作に残される。ダイニングルーム「三笠」に足を踏み入れると、そこには竹内栖鳳、川合玉堂、横山大観、画聖3人の絵が並び、伝統ある給仕姿でサービスされる食事には、美しいカトラリーが添えられている。欧風スタイルがいまもしっかりと守られているのだ。
晩年は日本の古典文学に親しみ、西欧文学との融合を夢見た堀、病気と闘いながら、文学に深く精進したその生涯は53(昭和28)年に終わる。
奈良ホテルのバルコニーでソファに身を沈め、プルーストの『失われた時を求めて』を原書で読む堀辰雄の幻を見た。この場所がこれほど似合う生涯は他にはないように思った。
▲「Wedge ONLINE」の新着記事などをお届けしています。
「育児休暇や時短勤務を活用して子育てをするのは『女性』の役目」「残業も厭わず働き、成果を出す『女性』は立派だ」─。働く女性が珍しい存在ではなくなった昨今でも、こうした固定観念を持つ人は多いのではないか。 今や女性の就業者数は3000万人を上回り、男性の就業者数との差は縮小傾向にある。こうした中、経済界を中心に、多くの組織が「女性活躍」や「多様性」の重視を声高に訴え始めている。
内閣府の世論調査(2022年)では、約79%が「男性の方が優遇されている」と回答したほか、民間企業における管理職相当の女性の割合は、課長級で約14%、部長級では8%まで下がる。また、正社員の賃金はピーク時で月額約12万円の開きがある。政界でも、国会議員に占める女性の割合は衆参両院で16%(23年秋時点)と国際的に見ても極めて低い。
女性たちの声に耳を傾けると、その多くから「日常生活や職場でアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み、偏見)を感じることがある」という声があがり、男性優位な社会での生きづらさを吐露した。
3月8日は女性の生き方を考える「国際女性デー」を前に、歴史を踏まえた上での日本の現在地を見つめるとともに、多様性・多元性のある社会の実現には何が必要なのかを考えたい。