2024年5月19日(日)

WEDGE SPECIAL OPINION

2024年3月7日

 すでに多くの実績を残している。「モバイル」と銘打っているように、移動と設置が容易であるため、2018年の西日本豪雨など、日本全国での災害復旧、小規模浄水設備の代替として利用されている。また、フィリピンのセブ島をはじめ、台風などによる災害に遭った諸外国にも展開している。同社の齋藤安弘社長はこう胸を張る。

 「1台で日量1000トンの浄水を供給できる装置は他にはありません。台風シーズンになる初夏から秋にかけては、毎年10台(1万トン/1日)の『モバイル・シフォンタンク』をストックするようにしています。災害によって国内の浄水施設に被害が出た場合、ほぼ100%復旧に参加しています。災害が起きないことに越したことはありませんが、社会的使命だと思って取り組んでいます」

太平洋を望む場所で
現場実習

 川崎の浄水場を後にして、ウクライナ人たちが向かったのが、日本原料の高萩工場(茨城県)だ。ここで1週間、「モバイル・シフォンタンク」の運用方法を学ぶのだ。座学から実習まで、その様子はビデオカメラで撮影されていた。彼らが母国に持ち帰って振り返ることができるようにするためだ。日本原料から技術者をウクライナに派遣するという案もあったが、危険性を考慮して見送られることになった。

研修初日、日本原料の齋藤社長がウクライナ人技術者に対して日本原料や「モバイル・シフォンタンク」の開発経緯について説明をした(上)。モバイル・シフォンタンクの内部でろ過材が洗浄される様子を見る(下)(WEDGE) 写真を拡大

 「とにかく驚いたのは、彼らの真剣さです。こんなに水道のことを真剣に学ぼうとしている人たちがいることに感動しました。特に男性2人は、そもそも戦争状態にあるウクライナでは出国が禁止されている立場です。それでも、大切な水道に関わるという理由で特別に出国が許可されたので、なおさら強い気持ちを持っていたと思います」(齋藤社長)

 ウクライナ人と一緒に小誌記者もモバイル・シフォンタンクが稼働する様子を高萩工場で見せてもらった。水が下から巻き上がり砂が巻き上げられていく。ものの数分で洗浄は完了した。工場の敷地内には、泥水のため池がある。「ここの水もろ過して飲めるのか?」という質問に、日本原料の技術者が「もちろん、飲めます。後ほど、試してみましょう」と話すと、ウクライナ人たちはお互いの顔を見合わせて驚いていた。

 「ウクライナでも、浄水場でつくられる水は飲用可能ですが、配水設備が老朽化しているため、家庭の蛇口から水を出すと濁っていたりすることがあるので、そのまま飲用するには適していないそうです。そのため、日本ではタップウオーターでも飲用可能ということを理解してもらうことからスタートしました」(齋藤社長)

 日本滞在は、あっという間の1週間ではあったが、彼らは「夜がこんなに静かなのは久しぶりだ」とリラックスしていたそうだ。そして「一度、太平洋に入ってみたい」と、真冬の海に事も無げにつかったそうだ。「心のリフレッシュにもなったのではないか」と齋藤社長は振り返る。時間が経つにつれて、彼らの表情にも余裕が生まれ、ジョークが飛ぶようなこともあったが、最終日にはキーウに大規模ドローン攻撃があったことが伝わり、現実に引き戻されたようだったという。

 フーシ派の攻撃でスエズ運河が使えず、モバイル・シフォンタンクの到着が遅れているが、キーウで3台、南部オデーサで1台のシフォンタンクが稼働する予定だ。研修の最終日にはすべて自分たちで装置を稼働させるなど、技術の習得は無事に終わったが、実際の運用ではネット回線を使ってリモートで支援が行われる。日本の中小企業の技術がウクライナの人々の役に立つ日がもうすぐやってくる。

   
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Wedge 2024年3月号より
ジェンダー平等と多様性で男性優位の社会を変えよう
ジェンダー平等と多様性で男性優位の社会を変えよう

「育児休暇や時短勤務を活用して子育てをするのは『女性』の役目」「残業も厭わず働き、成果を出す『女性』は立派だ」─。働く女性が珍しい存在ではなくなった昨今でも、こうした固定観念を持つ人は多いのではないか。 今や女性の就業者数は3000万人を上回り、男性の就業者数との差は縮小傾向にある。こうした中、経済界を中心に、多くの組織が「女性活躍」や「多様性」の重視を声高に訴え始めている。

内閣府の世論調査(2022年)では、約79%が「男性の方が優遇されている」と回答したほか、民間企業における管理職相当の女性の割合は、課長級で約14%、部長級では8%まで下がる。また、正社員の賃金はピーク時で月額約12万円の開きがある。政界でも、国会議員に占める女性の割合は衆参両院で16%(23年秋時点)と国際的に見ても極めて低い。

女性たちの声に耳を傾けると、その多くから「日常生活や職場でアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み、偏見)を感じることがある」という声があがり、男性優位な社会での生きづらさを吐露した。 

3月8日は女性の生き方を考える「国際女性デー」を前に、歴史を踏まえた上での日本の現在地を見つめるとともに、多様性・多元性のある社会の実現には何が必要なのかを考えたい。 


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