2024年5月19日(日)

令和の日本再生へ 今こそ知りたい平成全史

2024年4月26日

世界に誇る
日本ミステリーの金字塔

 私が直木賞選考会の司会を務めたのは平成半ばの2004年上期(年2回ある)から06年下期だった。

容疑者Xの献身
東野圭吾
文藝春秋 803円(税込)
第134回直木賞、第6回本格ミステリ大賞受賞。2005年8月の単行本発売から累計299万部を超えるベストセラー。

 この間の第134回の受賞作が東野圭吾『容疑者Xの献身』である。日本ミステリーの金字塔とも言えるこの傑作が、平成中期の文学を代表する話題作であった。福山雅治主演で映画化、大ヒットしたから記憶している方も多いだろう。

 この小説は私が編集長をしていた雑誌『オール讀物』で連載されていた。会うたびに東野さんはこう口にした。

「世界にも日本にも、かつて例のないトリックを描きます」

 孤独な人生を送る数学者が、隣に住む母娘が犯した不幸な殺人を隠蔽するため、警察と天才物理学者(ご存じガリレオ先生)相手に死力を尽くす。まさにかつてないトリックが展開されてゆくのだが、そうしたミステリー的魅力と別に、私が魅了されたのは作品の底に流れる作家の人間洞察の深さだった。なぜ、挨拶する程度の隣人のために数学者は自ら殺人まで犯したのか、その謎を解く鍵は人間が生きる哀しみにある。

 日本のミステリー小説は先進地である英米ミステリーを模範として発達してきた。1980年代初頭まで、出版各社の翻訳ミステリーは多数の読者を擁して盛んであった。そうした作品を読んで育った日本の作家たち、例えば、新宿鮫シリーズの大沢在昌らが質の高いハードボイルド作品を引っ下げて躍り出てくると、いつしか海外作品は勢いを失っていった。日本の作家のレベルが上がれば、当然起きることだ。その流れが確かなものとなったのが平成も中盤のことであり、その象徴が『容疑者Xの献身』だったと言える。

 事実、この作品や、やはりこの時期に台頭した桐野夏生の代表作『OUT』が、米国ミステリー界を代表する文学賞「エドガー賞」の候補作となっている。惜しくも受賞とはならなかったが、候補入り自体が大きな話題となった。日本ミステリーが頂点を極めた証しとしてこの小説を挙げることができるだろう。


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