文学にはジェンダー問題はあまりないように感じていたが、平成とそれ以前の30年、芥川賞・直木賞受賞作家の男女比率がどれくらいになるのか調べてみたところ、昭和が男性76%、女性24%だったのに対し、平成になると男性60%、女性40%と、やはり女性の社会進出は文学のジャンルにも表れたことがうかがえる。
なぜこんな数字から入ったか─。私が編集者時代に両賞に直接かかわった経験から、平成に入ってしばらく、女性の作家が主に直木賞を舞台に次々と登場し、華々しい活躍を示すようになった、そんな印象を持っていたからだ。改めて受賞者の一覧を眺め、それが間違っていないと確かめられた。
平成前期の10年、直木賞の女性受賞者は7人に過ぎないものの、中に高村薫、小池真理子、坂東眞砂子といった作家たちが、多くの読者を獲得してエンターテインメント小説の世界を活気づけた。その掉尾を飾ったのが1998年、宮部みゆきの受賞だった。
高村薫の登場はミステリーファンを超えて衝撃をもたらした。受賞作『マークスの山』はじめ、その作風は男性的かつ理知的であり、社会の歪みを告発する姿勢が鮮明だった。松本清張や水上勉ら、昭和の暗部を描いた社会派ミステリーの系譜に女性が華々しく登場してきたことは、多くの小説ファンを興奮させたと言っていい。高村は時代の寵児となり、大きな事件が起こるたびに大新聞からコメントを求められる存在となった。
女性作家輩出の流れは続き、先に挙げた他に、乃南アサや篠田節子らが時代にふさわしい女性主人公を描いて登場してくる。そうして現れたのが宮部みゆきであり、出世作『火車』にみられるような社会性のみならず、世の中の目立たない場所で生きる人々に視点をあてたミステリーが空前の読者を獲得してゆく。
高村薫に始まり宮部みゆきに至る、女性によるエンタメ小説の隆盛が平成前期の文学を特徴付けたと言っていい。