WEDGE REPORT

2014年1月2日

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震災後の原発停止で、日本のエネルギー構造は、オイルショックの頃に戻ってしまった。脱石油、脱中東を目指した、この40年間の「多様性」への投資は水泡に帰した。脱原発の切り札と目される、米国のシェールガス、再生可能エネルギー、電力自由化は、欧米の現状を直視すればいずれもあてにならない。政権が一歩踏み込んで、エネルギー供給と市場の将来像を示さなければ、次なるオイルショックは防げない。

失われた「40年」危険な化石燃料依存

 中年以上の方は40年前の秋を覚えておられるだろうか。1973年10月、産油国による原油価格の4倍の値上げと反アラブと認定された国への輸出制限により、世界も日本社会も大混乱に巻き込まれた。パルプを溶解するために重油を大量に使用するトイレットペーパーや、石油を原料とする洗剤がスーパーマーケットの店頭から消えた。当時石油が発電の74%を賄っていたために、銀座からネオンサインが消えた。

 この第1次オイルショック発生時、日本は、電気あるいはガソリンなどに転換される前の1次エネルギーのうち75.5%を原油に頼っていた。石炭、液化天然ガス(LNG)と合わせた化石燃料で見ると90%超に上る。中東依存率は61%だった。

 第1次オイルショックを契機に、エネルギー供給に関する日本の姿は大きく変わることになる。脱石油、脱中東を目指し、石炭に加え、LNGと原子力の利用が中長期的に進められた。2010年度の1次エネルギーの構成は、石油40.0%、石炭22.6%、LNG19.2%、原子力11.3%となった。

 図の通り、電線がつながり電力を融通し合えるEU27カ国と、東日本大震災前の日本の電源構成は非常に似通ったものになっていた。ともに、オイルショックでエネルギー安全保障の重要性に気付き、多様性を追求した結果だろう。

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