世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2014年2月4日

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 安倍総理の靖国参拝に関して、日本が中国や韓国を慰撫するために出来ることはほとんどないかもしれないが、靖国に代わる非宗教的施設を作ることは、日本の謝罪の真摯さを示すことになるであろう、とフィナンシャル・タイムズ紙アジア版編集長のピリングが1月1日付同紙コラムで述べています。

 すなわち、安倍総理の靖国参拝は、予想された通り、中国と韓国の怒りに火をつけた。日本は戦時中の行為に対して謝罪したことがない、というのが共通した非難であるが、これは明らかに真実ではない。長年、日本の歴代総理は、植民地支配と侵略行為への悔恨を表明してきた。問われているのは、そうした謝罪の真摯さである。

 中国外交部の秦剛報道官は、日本は、単に謝罪するだけではなく、悔悟すべきである、と言った。日本の指導者に求められているのは、言葉だけではなく、信ずるところを改めることなのである。

 日本は、戦後の行動によって判定されることを望むが、加害者が十分に悔恨したかどうか決めるのは、加害者ではなく、被害者である。それでも、村山元首相によって最も明確に発せられた日本の公式謝罪の言葉には、見るべきものがある。

 村山談話は、ドイツによるもっと感動的な謝罪に比べれば、曖昧なものに見えるかもしれない。ドイツの謝罪は、1970年にブラント首相がワルシャワのゲットー跡地でユダヤ人犠牲者のモニュメントに跪くといった、象徴的行動によって支えられている。天皇は言うに及ばず、日本の現職総理が、南京大虐殺の記念館や満州の731部隊の跡地でひれ伏したことは一度もない。

 にもかかわらず、日本の謝罪は、他の多くの国々と比べて、遜色があるわけでもない。キャメロン英首相は、2013年の演説で、1919年のアムリットサル虐殺事件を、「深く恥ずべきこと」と言ったが、謝罪することは明確に拒否した。キャメロンは、生まれる前に起きたことに謝罪するのは適切ではないであろう、と言った。同様に、300万のベトナム人、カンボジア人、ラオス人が犠牲になったベトナム戦争について、米国の大統領が謝罪をしたことはない。

 日本の謝罪の水準はもっと高い。それは、日本の戦時中の行いが他国よりも凶悪であったためであるか、あるいは、隣国がまだ納得していないためであろう。日本は敗北した点が異なる、と言う日本人もいるであろう。

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