佐藤忠男の映画人国記

2014年3月12日

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 沖縄には沖縄独自の文化があり、気分や感覚があり、芸能や音楽がある。その沖縄的なるものを沖縄人自身の手で映画で表現しようと努力している監督に高嶺剛がいる。沖縄県石垣市の生まれ。高校時代まで那覇市におり、大学は京都教育大学特修美術科で学んだ。はじめ油絵をやったが、前衛美術として8ミリから16ミリの映画を作るようになった。1978年に16ミリの長編の実験映画「オキナワンチルダイ」を発表して知られるようになった。題の意味は“沖縄の聖なる気だるさ”といったもので、正にそんな気分を、ストーリーのない、映像のイメージだけで表現したものである。じつにユニークな作品であった。

 劇場公開された劇映画の第1作は1985年の「パラダイス・ビュー」で、小林薫の主演によって、魂をどこか道端に落としてきた男の物語である。1989年にはやはり小林薫で義賊の物語の沖縄芝居を映画化した「ウンタマギルー」を作っている。時代劇だが本土のチャンバラとはまるで違う独特のものだった。

 新城卓監督は沖縄県那覇市西本町の出身である。那覇商業高校を卒業すると映画を志して上京する。シナリオ作家協会のシナリオ研究所で学び、今村昌平や浦山桐郎の助監督をやって、1983年に「オキナワの少年」で監督デビューした。

 岸本司監督は名護市の出身である。最新作は2013年末に公開された「琉球バトルロワイヤル」。

 円谷プロの「ウルトラシリーズ」を書いていたことでいまでもよく論じられる脚本家の金城哲夫(1938~76年)も沖縄出身である。沖縄出身であることがウルトラマンのキャラクターや行動に関係があるのではないか、と研究者は考えるわけだ。

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