2024年12月23日(月)

解体 ロシア外交

2014年3月6日

――WEDGE Infinityのコラムでも昨年12月にご寄稿いただいていましたが(『ロシアの圧力でEU加盟見送り 大規模化するウクライナのデモ』)、デモが続いていたウクライナでついに政権崩壊に至りました。ヤヌコービッチ前大統領は逃亡し、暫定政権が発足。ウクライナ国内の動向やロシアと欧米諸国の動きが連日報道されています。

廣瀬:ロシアのプロパガンダ作戦もあり、かなり情報が錯綜しているようです。「ウクライナではもうたくさんの難民が出ている」「東部の人々がロシアに助けを求めている」など、眉唾ものの情報も多い印象です。確かに東部には親ロシアの人々が多いですが、全員がそうだというわけではありません。政府系テレビ「ロシア・トゥデイ」の女性キャスターが「ウクライナ問題のロシアメディア報道は嘘だらけ」「欧米メディアも含め虚報ばかり」と批判したことも話題になっています。

――ウクライナ国民はどのような反応なのでしょうか。東西分裂の可能性は?

廣瀬:拙稿で触れたように、国民の基本的な志向(主に、東側と南部が親ロシア、西側が親欧米)はあるのですが、今はウクライナという国の一体性を守りたいと考えている人が多いと思われます。

 リボフという最も西欧的だといわれている西部の都市の知識人が、自分たちが大事にしないといけないのは国の一体性であり、すべての人の多様性を認めなければいけない、という趣旨の書簡を暫定政府に提出しました。これは、ロシア語の使用を希望する東部の人たちの文化も守るべき、ということを意味しています。欧米寄りの西部、しかも知識人から、このような発言があることを考えても、ウクライナの人たちは分裂を望んではいないのではないでしょうか。

――注目すべきは、政権崩壊後、すかさずクリミア半島に上陸したロシアの行動ではないでしょうか。

廣瀬:最も懸念されるのが、このクリミア地域です。1954年、ソ連の共産党第一書記だったニキータ・フルシチョフが、クリミアの帰属をロシア領からウクライナ領に変更しました。この理由は、公にはロシアとウクライナの友好のためだとされましたが、フルシチョフが幼少期を過ごしたウクライナにクリミアを与えたかったからだという説もあります。ともあれ、クリミアには、長いロシア領の歴史からロシア系の住民が多く、今回もプーチンはこの人たちを守るという錦の御旗を掲げているわけですが、これはまさにグルジア紛争の論理とまったく同じです。最悪のケースは、クリミアが南オセチアとアブハジアのような未承認国家になってしまうということです。

ロシアがクリミアを手放せない理由とは… (写真:ロイター/アフロ)

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