都会に根を張る一店舗主義

2014年6月9日

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 震災の年、地元のレストランを断念し、福島から移住、人形町に17席の店を構えた腕利きのシェフがいる、と友人に連れていかれたのが最初だった。

 日比谷線の人形町駅から、歩いて1分。三色旗を目印にそば屋の角を曲がると、駐車場に面した細い路地の奥に、その店はある。

 店の名前は、『フェスティーナ・レンテ』。外観は手狭そうだが、木造の扉を開くと、天井も、壁も、テーブルもすべて木の風合いを生かした快適な空間が待っている。

人形町駅から徒歩1分の「FESTINA LENTE」。下町にとけ込む外観

 福島で『ラ・モンターニャ』、山という名の店を始めたのは、5年間、イタリアとスペインで学び、銀座『ヴィア・ヌオーバ・ロンド』や『イゾリーナ』で4年半働いた後のことだった。

 「福島県は、山に囲まれたところです。そんな場所で、四季折々の変化を映すような料理を作っていけたら、そう思ってつけたんです。それに盆地の中に信夫山いう山がある地形もとても珍しいそうなんです」

 川俣シャモ、前田ポーク、福島牛と、素材は徹底して福島産にこだわった。こと野菜は、個人的につながりのある2軒の農家から直接、仕入れた有機野菜だった。

 「僕らの世代に留学した仲間は、東京で錦を飾った後は、郷土で質の高いレストランをやりたい、みんなそんな夢を持っていましたから……」

 いずれは、菜園つきの自宅を兼ねた店を建てよう。そう考えていた。だが、そんな若きシェフの夢は、震災に続く原発事故によって無残にもなぎ倒された。

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