いま国際交渉の場においては、温暖化対策の目標は、温度上昇を産業革命前に比べて2度以下に抑えることだとされている。そしてこれは日本政府の立場ともなっている。だがこれは、技術的にも、国際政治的にも、実は極めて達成困難であることを以前に述べてきた(『IPCCの温暖化抑制シナリオは実現できるか』、『IPCC、京都議定書と排出量取引に厳しい評価』、『現実感失う温暖化「2度」抑制 IPCC報告書はこう読む』参照)。だがそのとき、2度を超えるとどうなるかは説明しなかった。
じつは、2度を超えても、それほど大きな問題が生じるようには、今のところ思えない。なぜそう思うに至ったか。今回のIPCCの環境影響評価(正確には、IPCC第5次評価第2部会報告書)の要約(正確には政策決定者向け要約)を見ると、ことさらに危機感を煽ってはいるが、科学的な根拠が不十分だからだ。
なおざりにされる科学の基本
とくに本稿では要約の図を検討するが、そこでは、データからの結論の導き方という科学の基本がなおざりにされており、いたずらに危機感をあおっている。多くの人は、図の注釈や文章は読まず、図を直観的に理解するので (そもそも、直観的理解を助けるのがわざわざ図を描く理由である!)、要約に載せる図は、本来、独り歩きしてもよいぐらい正確な知見に限るべきだ。そうでないなら要約に載せるべきではない。だが以下に本稿で検討するように、どれもこれも失格であった。
ひょっとすると、これは要約のまとめ方だけの問題であって、温暖化の環境影響を心配する理由は本文にはきちんとあるのかもしれない。しかし少なくとも、今回の要約を見る限りそれは全く読み取れない。温暖化の悪影響が深刻であるとするならば、IPCCまたは別の主体が、それが何なのか、改めてはっきりさせる必要がある。
筆者は、地球温暖化は深刻な問題であり、対策が必要と考えている。だが世界全体をみると、民主主義の不在による人権抑圧や、経済開発の失敗による貧困など、喫緊の深刻な問題は沢山ある。国内でも医療や教育などの重要な問題がある。日本はそのような問題の解決にも注力しなければならず、温暖化対策に割ける国力には限度があって、ありうる影響に見合うものにしたい。だからこそ、地球温暖化の影響については、科学的に正確な知識が欲しいところである。
今回のIPCC第2部会の環境影響報告は、最新の科学的知見を提供するものと期待したが、本稿の検討結果として、「地球温暖化によって何らかの重大な悪影響が起きる」という説得的な説明は得られなかった。もしも重大な悪影響があるかどうか分からないならば、「分からない」というのも重要な情報なのだが、この点についてもはっきり示されることは無かった。