この熱き人々

2014年10月10日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

未完の教会サグラダ・ファミリアでひたすら石を彫り続けてきた。ガウディの心を継ぐ者として世界から尊敬を集めるマエストロは、妥協なき答えを求め創造のノミを握る。 

 地中海ブルーの空に向かって、生誕の門、受難の門を囲むように8つの塔が巨大な樹木のように高く伸びている。スペイン・バルセロナのサグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)の前に立つと、そのスケールの大きさに驚かされる。そして巨大な重機が作業している様子に、改めてまだ建設途上であることを視覚的に実感させられ、そんな未完の聖堂に押し寄せる観光客の多さにまたたまげる。まるで木漏れ日の差し込む森の中にいるような錯覚を覚える聖堂の中に、英語、フランス語、日本語、中国語、韓国語などが混ざり合ってこだましている。ここを訪れる観光客の数は、グラナダのアルハンブラ宮殿やマドリッドのプラド美術館より多い1日約1万5000人だという。1882年に着工し、翌83年にアントニ・ガウディが主任建築家として就任。不慮の事故でガウディが1926年に亡くなってからも、その志を受け継ごうとする人たちによって着々と工事が進められ、今年ですでに133年目。2005年には、未完のまま、生誕の門がユネスコの世界文化遺産に登録されている。その生誕の門を飾る楽器を奏でる天使たちの像を彫ったのが、日本人の外尾悦郎である。昨年サグラダ・ファミリアのアートディレクターに任命され、ガウディの心を最も深く受け継いだ男とも言われている。

 「バルセロナにやってきたのが1978年だから今年で36年。35年もの長い試用期間だったということです」

 とはいえ、これまでサグラダ・ファミリアが公認した彫刻家はいないので、初の「正社員」という立場を自ら生み出したともいえる。

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