この熱き人々

2014年9月11日

»著者プロフィール
閉じる

吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

世代交代が進む歌舞伎界で、女形として飛び抜けた存在感を発揮。歌舞伎と命がけで対峙していた父、18代目中村勘三郎の魂を胸に刻み、明日を見据えた挑戦の日々を駆け続ける。

  1年間の歌舞伎座新開場柿葺落(こけらおとし)公演の掉尾(ちょうび)を飾る「鳳凰祭三月大歌舞伎」昼の部の最後は、坂東玉三郎と中村七之助による「二人藤娘(ににんふじむすめ)」。名作舞踊をふたりが同時に踊る趣向で初めて再構成された「二人道成寺(ににんどうじょうじ)」から10年、大阪・松竹座の正月公演「坂東玉三郎 初春特別舞踊公演」で七之助を相手に抜擢して初演されたばかりの「二人藤娘」が東京で見られるとあって人気は高く、この日も幕見席まで札止めだった。

玉三郎と踊った「二人藤娘」(2014年3月鳳凰祭三月大歌舞伎、歌舞伎座)(C)松竹

 暗転して静まり返った場内に長唄の一節が流れ、一瞬の間合いで明るくなった舞台には鶸(ひわ)色の着物の七之助、花道には黒の着物の玉三郎。あふれんばかりの観客が一斉にもらすため息が場内の空気を震わすほどだ。目がくらんだのは照明のまぶしさのせいではなく、ふたりのあまりの美しさ、艶やかさゆえ。後半に七之助の軽妙で若やいだひとり踊りが入る構成に、玉三郎の七之助を支援し育てたいという深い愛情が感じられて、それに懸命に応えようとする七之助の思いもまた伝わってくる。

 歌舞伎座の玄関にスーツ姿で現われた中村七之助は、ストイックに芸の道を邁進するイメージのままに、礼儀正しく、31歳の若者なら普通にもっているはずの隙が感じられない。そんな姿を見ていて、若やいだスリムなスーツの上着とボトムとのバランスがちょっと気になった。衣装を直していたスタイリストに聞くと、七之助のためにスーツを選ぶときにいつも苦労するのだという。腿(もも)が太いために上着に合わせるとボトムが入らない。ボトムに合わせると上着が大きすぎてしまう。

 「踊りの稽古でお尻と腿に筋肉がついてしまったんです。『道成寺』を踊る時など、実際の1.5倍くらいの重さの衣装を着けて稽古しますね。体力勝負です」

 表情も変えず、当たり前のようにさらっと言う。舞台での衣装の重さは約15キロと聞いたことがある。それ以上の重さで練習をしておけば、実際の衣装が軽く感じられ、動きはそれだけ自在になる。流れるような動きや絵のような美しい姿は、鍛え上げられた腿の筋肉によって支えられている。そのための稽古の厳しさがしのばれる。

 楽屋で着物に着替えたほっそりした座り姿からは、一瞬感じたたくましいイメージはすでにどこからも感じられない。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る