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2015年1月22日

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永田安彦 (ながた・やすひこ)

日本エネルギー経済研究所 中東研究センター副センター長

1988年ニューヨーク大学経営大学院修士課程終了。石油会社勤務等を経て現職。著書に『米国投資銀行の事業概要と石油先物市場での戦略』(共著、日本エネルギー経済研究所)等。

「1バレル20ドルになってもOPECは生産枠を維持する」(サウジアラビアのヌアイミ石油相)こうした同国の姿勢に他の産油国は悲鳴を上げる。サウジアラビアの本音はどこにあるのか—。

 原油価格が急落し、いわゆる逆オイルショックといわれる現象が起きている。この急落の要因となったのが、石油輸出国機構(OPEC)による価格調整機能の放棄であり、OPECを主導するサウジアラビアの原油市場に対する強い意思、すなわち、価格を犠牲にしても、市場シェアを維持するという方針であった。

サウジが意識する80年代の苦い記憶

 2014年12月22日には、サウジアラビアのヌアイミ石油相は油価がバレル当たり20ドルになってもOPECは生産枠を維持すると述べている。地政学リスクさえなければ、1バレル20ドルまでいかずとも、40ドルを下回る可能性は考えられる状況にある。

 ところでこうしたサウジアラビアの強い意思の背景には、「1980年代の苦い経験があった」(英王立国際問題研究所ポール・スチーブンス教授)。80年代前半は油価が高く、北海など非OPEC諸国の生産が伸びた時期で、原油市場は供給余剰に陥っていた。原油の高価格維持のため、サウジは自ら大幅な減産を行った。

 サウジの原油生産量は80年の1027万/日(b/d)から85年には360万b/dに低下した。結果として非OPECは減産の恩恵を受けたが、サウジは市場シェアを失うかたちとなった。OPECの生産シェアも大幅に減少し、80年の41.3%から85年には27.6%にまで低下した。サウジアラビアが減産を見送り、シェア維持の方針を採ったのはこうした過去の歴史への反省に基づいている。

 従前のOPECであったならば、原油価格急落に直面して、昨年11月の定例総会前に緊急総会を開催して、減産を選択したはずであった。確かに、ベネズエラはそれを主張したが、サウジを始めとする主要国の賛同を得ることはなかった。

過去4年で300万b/d以上
増加したシェールオイル

 OPECが油価の急落を黙認した理由は何か、それを主導したサウジアラビアの真意はどこにあるのか、様々な憶測が流れた。それは、米国のシェールオイルを標的にしたという説、また、アラビア湾を挟んで対峙するイランに圧力を与えるという説、そして、世界最大の原油輸出国であるロシアを標的にしたという説などであった。

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