オトナの教養 週末の一冊

2015年6月5日

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中村宏之 (なかむら・ひろゆき)

ジャーナリスト

1967年生まれ。91年、慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞東京本社入社。ロンドン特派員、米ハーバード大学国際問題研究所研究員、経済部デスク、調査研究本部主任研究員などを経て2017年4月より読売新聞東京本社メディア局編集部次長。『御社の寿命』、『世界を切り拓くビジネス・ローヤー』、(いずれも中央公論新社)など

 新聞社のロンドン特派員を経験した者として、いつかイギリスについての本を書きたいなという思いを心の中で持ち続けてきた。だが、本書を手にとって「ああ、先を越されてしまった」という気持ちにとらわれた。自分もこういう本を書きたかったと。筆者(中村)は、著者と面識はないが、新聞記者の先輩であり、以前から意識して記事を読んできた。ベテラン国際ジャーナリストならではの達意の文章で、最近の英国の歴史、政治、経済、文化、そして王室をあますところなく紹介している。

サッチャーの素顔

『ふしぎなイギリス』 (笠原敏彦、講談社)

 現代のイギリスを語るにあたって、これは書いておかないといけない=記事や本を読んでくださる方に知ってもらいたい=というポイント、つまりニュースの「勘所」と言うべきところがいくつかあるとしたら、本書はそれらをしっかりと押さえてまとめている。

 ダイアナ元皇太子妃の悲劇に接したブレア元首相が「人々のプリンセス」という国民の心情に寄り添う言葉を使って弔意を表したエピソードなどはその典型だ。今でも動画サイトで、ブレア首相がこのメッセージを発した時の映像を見ることができる。沈痛な面持ちで言葉を選びつつ弔意を述べるブレア氏の姿からは、ダイアナ元皇太子妃を失ったイギリスの悲しみが伝わってくる。まさに、当時の多くの英国民の心情を代弁したものだった。ブレア氏のメッセージは、対応が後手に回っていたエリザベス女王の背中を押して、女王自身による弔意表明につなげ、国民の心が離反しかけていた王室を瀬戸際で救った。ニュースでも報道されたので覚えている方も多いだろうが、著者は当時の雰囲気を鮮やかに描き出している。

 サッチャー元首相のフォークランド戦争への対応についての記述も印象的だ。1982年に起きたアルゼンチンとの戦争は、アメリカが全く重要視せず、戦闘回避に向けてアルゼンチンとの仲介を試みるような状況にありながら、サッチャー氏は仲介を拒否し、2万8000人の兵力と艦船100隻を投入して勝利した。1956年のスエズ危機で敗北して以来、「衰退する国家」という評価が定着していた状況に終止符を打った意義は大きかったと指摘している場面などは、非常に勉強になる。また「サッチャー革命」は、イギリスに経済の効率性をもたらした一方で社会を分断したと、その死後評価された。だがこの改革がなかったら、主要国の中でのイギリスの地位は今よりずっと低くなっていたかもしれない。

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