山陽新幹線各駅停車の旅

2015年10月3日

»著者プロフィール
閉じる

甲斐みのり

旅、散歩、お菓子、手みやげ、クラシックホテルや建築など、女性が好み憧れるモノやコトを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。まち歩きや手みやげ講座など、カルチャースクールの講師もつとめる。著書は、『東海道新幹線各駅停車の旅』『電車でめぐる富士山の旅──御殿場・富士宮・富士吉田・清水へ』(ともにウェッジ)など20冊以上。 http://www.loule.net/
『東海道新幹線各駅停車の旅』
見て、歩いて、食べて、それぞれの街を存分に味わいつくした、全17駅
<東海道新幹線各駅の情報が満載です>
東京駅、品川駅、新横浜駅、小田原駅、熱海駅、三島駅 新富士駅、静岡駅、掛川駅、
浜松駅、豊橋駅、三河安城駅 名古屋駅、岐阜羽島駅、米原駅、京都駅、新大阪駅
『電車でめぐる富士山の旅──御殿場・富士宮・富士吉田・清水へ』
4つの登山口と富士山を美しく望める町を起点にした、 登らずに富士山を味わう旅
避暑地別荘の面影が残る御殿場、浅間大社の門前町である富士宮、
富士山信仰の拠点の富士吉田、富士山と駿河湾の景勝が望める清水へ……。

エッセイ2・広島編
祈りの町

 前に広島を旅したとき、風邪で咳き込み中止を迷った。しかし、病より好奇心が勝る性分は治しようがない。衰えた体力でふらつきながら新幹線に乗り込んだ。ところが西へ向かうほど喉の痛みも咳も和らぎ、取材で訪ねた宮島杓子の工房では、朝までのだるさが嘘のように背筋がのびる。宮島で仕事を終えたのち、広島市内のホテルで安静に過ごすつもりでいた予定を変更。下調べする余裕もなく旅立ったため、ならばまずはと広島駅駅ビルと百貨店の食品売り場、地元の名物を集めたアンテナショップやスーパーを巡り、みやげ菓子や食材を買い込む。土地土地に根づく食材を見たり買ったりは、趣味のひとつ。病み上がりで軽やかな心持ちがいつにも増して魅力的な地元食を捉えたこともあるだろうが、食に豊かな町で私のような食いしん坊はじっとしていられない。勢いついて広島流お好み焼きも味わい、どっぷり深い眠りについた。

 それから翌朝の目覚めの爽快さたるや。旅こそなによりの薬と思い知る。とはいえ、無理せず昼には帰路につくため、ここだけは必ずと決めた、「原爆ドーム」や「平和記念資料館」が点在する「広島平和記念公園」へと向かう。

 幼い日、『ひろしまのピカ』という絵本を祖母と読み、遠くから祈った先。祖母は祖父との結婚前、旧日本海軍の拠点だった港町・呉に暮らした。そこで潜水艦に乗っていた軍人の先夫を亡くし、富山の空襲で先妻を亡くした祖父と再婚したという。昔を話しては潤む祖母の目を見て子ども心にさまざまを悟った。慰霊碑前で黙祷をしたあと立ち寄った「中村屋」は、教会のように神聖な気配の喫茶店。僅かな滞在時間ながら旅できたことに感謝し、平穏な毎日を顧みた。

 この旅では、「世界平和記念聖堂」の妙妙たる神々しさに息をのんだ。原子爆弾・戦争の犠牲者を追悼するとともに世界平和を願い、村野藤吾の設計で終戦から9年経った昭和29年に完成した教会。大聖堂での礼拝のひととき、窓から注ぐ無数の色彩が交わる光に、父の言葉を思い出す。「人それぞれ信じるものが同じとは限らない。隣の人が自分と異なるものを信じていたとしても、互いの違いを認め合うこと」。

 帰りの新幹線で、込み上げるように書き留めた。「広島で出会った人、みなもの柔らかで優しくて。店や景色や味はもちろんだけれど、人のよさに胸がいっぱい。偶然などではきっとなくて、広島の人の気だては、たわやかなのだとしみじみ思う」と。

訪ねたところ~広島市篇~

 「中村屋」

 昭和21年、終戦直後の焼け野原の広島で、バラックからはじまった喫茶店。創業者は、大工の棟梁だった当代のおじいさま。路面電車が走る大通りに面した入口は、一見すると倉庫のような佇まい。ところが扉の向こう側は、小さな街の教会のような優麗で凛としたほの暗い光景。客は各テーブルごと設置されたライトの灯りの下、おのおの時間を過ごす。6メートルの天井からシャンデリアが2基下がるバルコニー付きの半地下と、絵画が壁を飾る1階の、2フロアからなる店。実は一度火災に遭い、以前の雰囲気を再現すべく新たに建てられた。火災の難を逃れた昭和30年代製・ラッキー社の直火式焙煎機でコーヒー豆を焙煎するのは、蝶ネクタイがよく似合うマスター。創業者の長女で絵画の先生でもあった奥さまと結ばれ、跡を継いだ。戦後の広島とともに時を刻む喫茶遺産だ。

住所:広島県広島市中区堺町1-5-15
TEL:082-231-5039

広島交響楽団のメンバーや、ビッグバンド、ジャズ奏者など音楽家を招いて、月に一度コンサートが開催される。音楽を愛するマスターと、絵の先生の奥さま。ふたりを慕って、音楽・写真・美術に明るい客人が憩う。
火災の際に焼け残ったレンガの壁も、再建時にあらたな命を吹き込まれた。創業者も当代マスターも手先が器用で、棚や家具を自らつくる。
濃厚な香味のコーヒー1杯330円。30年前から値上げせず。
上部のろ過器にコーヒーの粉を入れ、そこに熱湯を注いでコーヒーを抽出するコーヒーアーン。蛇口をひねってタンクに貯蔵されたコーヒーをカップに注ぐ。
中村屋が所在するのは、広島平和記念公園からも徒歩圏内の広島市中心部。終戦や火災を経て60年以上営業を続ける店の中、不思議と力を得られた気がした。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る