足立倫行のプレミアムエッセイ

2015年11月29日

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足立倫行 (あだち・のりゆき)

ノンフィクションライター

早大政経学部中退後、週刊誌記者などを経てノンフィクション作家に。近著に『血脈の日本古代史』(ベスト新書)『倭人伝、古事記の正体』(朝日新書)。

 この11月に、熊本大学名誉教授の徳野貞雄さんが東京新聞にエッセイ(上・下編)を掲載していて、ちょっと気になる言葉があったため切り抜いておいた(私はいまだに新聞2紙を購買し、スクラップする世代である)。

iStock

 徳野さんは日本村落研究学会会長であり「道の駅」の命名者として知られるが、「暮らしの視点からの人口減少社会」と題した今回のエッセイでは、現代の人口減少を政府のように「国家の危機」として捉え、地方自治体に補助金がらみで無理な人口目標を追わせるのではなく、少子・高齢化は成熟社会の証しと認識し、人口減少を前提とした「縮小型社会モデル」を構築・模索していくことこそ政策的に急務、と提言している。

 私が注目したのはその下編。人口減少社会の典型は農山村の過疎地だが、徳野さんはそんな過疎地に大量出現している60~75歳の人たちを「プレミアム世代」と呼び、地域社会の担い手として大いに期待するのだ。

人類史上初めての熟成世代の登場

 というのも、この「プレミアム世代」は腰も曲がっておらず身体的にカクシャクとしていて、しかも、それぞれが技術・知恵や人生経験を有し、「おカネも持っている」。また、子育てのしがらみや会社・組織の縛りがなく、家族や地域のために自由に行動ができ、同時に自分の力の限界も知っているからだ。

 1960年に日本全体で660万人(人口の7.1%)だった60~74歳は、2010年には2500万人(19.7%)と約4倍に増えた。この変化を「高齢化社会の不安・危機」と煽るのではなく、「人類史上初めての熟成世代の登場」と捉えよう、と徳野さんは提唱する。

 現に、「集落の維持」「環境の維持」などの「地域活動」にもっとも熱心に取り組んでいるのがこの熟成世代。そういう人々こそ「役立ちプレミアム世代」なのだ、と。

 なるほど、と私は思った。私の暮らす相模原市は首都圏の外縁部に位置し、緑は多いけれど農山村地域ではない。それでも平日に自宅周辺を歩くと、白髪・禿頭の高齢者だらけである。コンビニやスーパー、バス停や駅前では右を見ても左を見ても年輩者ばかり。

 こうした情景を嘆息とともに受け止めずに、「人類史上初めての熟成世代の登場」と見方を変えれば、確かに予想外の知恵も湧いてくるのかもしれない。

 そもそも、現在60代後半で団塊世代の私は「プレミアム世代」のド真ん中。自分自身の足許を見つめ、来し方行く末を考えるためにも、自らを
人類史上初めての熟成世代」の一員と捉える方が、新鮮で有意義、かつ面白い気がする。

 熟成の「プレミアム世代」と言えば、先日の高校同窓会で思い当たることがあった。

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