WEDGE REPORT

2009年10月21日

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親たちの過度な期待

 親たちは「早くから学校で英語をやってくれるなら、ありがたい」という程度の認識しかない場合が多いようだ。それどころか、荒川区内の小学校では、英語活動を参観した父兄から、「歌やダンスのような遊びではなく、もっと読み書きなどをやってほしい」という声すらあったそうだ。週1回程度の授業で、英語がペラペラになるというような幻想を抱いている親たちが、実際の活動を知ったとき、どうなるのか。この点は、明海大学名誉教授でもあり、元文部省調査官として小学校も含めた全国の学校の英語の授業を見てきた、和田稔氏も指摘している。親の期待と小学校の実態は乖離しているのだ。

 今回の必修化に向けた動きは、世間一般(親たち)の希望や、産業界の圧力という、漠然とした大きな「流れ」のような影響力の結果と言われることが多い。繰り返しになるが、「英語は世界の共通語である」ことは間違いではないだろう。しかし、冷静に考えてほしい。日本国民の中で、日常生活において英語を流暢に使いこなさなくてはならない人はどれぐらい居るのだろうか。もちろん、英語は話せるに越したことはない。異文化に触れることで、子どもたちの視野が広くなることも否定はしない。それでも、小学校の授業時間数は限られている。その限られた時間の中で何を教えるべきか考えた時、英語の優先順位はどの程度なのか。週に1時間とはいえ、それを2年間、体制の整っていない授業に費やしてしまうことが、どれだけ子どもにとってマイナスかを考えて欲しい。

 今回、文科省に今後の動向に関する取材を申し込んだが、「決定事項以外は話せない」と拒否の返答だった。世間に迎合する「小学校英語導入」というカードを切ってしまった文科省は、国民の反撃を受けた「ゆとり教育」の二の舞にならないためにも、今後の動きに慎重にならざるを得ないのだろう。しかし、そんな手探りの中での試みによって、大げさに聞こえるかもしれないが、犠牲となる子どもたちは増えている。

 準備不足のまま、2011年の必修化スタートを迎えることは避けたい。そのためには、指導者の確保やその予算の確保・均等な分配など、国が早急にやるべきことは多々ある。そして、より根本的には、現状を踏まえた上で、小学校で英語を導入することの可否を今一度真剣に議論する場を設けるべきではなかろうか。
 

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