WEDGE REPORT

2009年10月21日

»著者プロフィール

 そもそも小学校の英語活動の目標とは何か。それは、「外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、コミュニケーションの素地を養う」と文科省は指導要領中で謳っている。しかし、結局のところ「コミュニケーションの素地」が何を指すのか明確な説明はない。「教育には必ず目的と目標が伴う。それらが曖昧なままでは、生徒にどんな結果をもたらそうとも、誰も責任を問われない。」と、小学校英語導入に先陣を切って反対の立場をとってきた、言語学者である慶應義塾大学教授・大津由紀雄氏は危惧する。

 仮に、コミュニケーション能力が、「自分の意思を相手に伝えること」や、「積極的にコミュニケーションを図ろうとすること」や、「相手の言いたいことを正確に理解すること」であるとしたら、なぜそれが英語というツールである必要があるのか。「世界の共通語としての英語」を掲げ、その重要性をもってして反論はいくらでも出来るだろう。しかし、自分の意見を述べたり、相手の意図を理解したりといった、高度な思考力を必要とする作業は、まずは母語で訓練すると考えるのが自然ではないか。

 明確なガイドラインや教える側の準備が整わないまま、それでも現在、5年及び6年で英語活動を実施している学校は全国で約98%にまで上る。その中で、誤った発音を覚えたり、発音について正しい指導を受けられなかったりという問題だけではなく、生徒たちの英語嫌いが増えているという声も後を絶たない。立教大学大学院教授で通訳者としても第一線で活躍した鳥飼玖美子氏は、「私の教え子の中学校教師が、入学直後の生徒たちに、英語に関するアンケートを行った結果、すでに英語が嫌いという生徒が年々増えている」と語る。

 英語嫌い、授業が混乱するといった問題に関して、「国語や算数などの他の教科にも同様の現象が起きているはずだ、英語が特別ではない」と考える人もいるだろう。もちろん、全ての生徒が英語を好きになり、楽しく授業に臨めるということはないかもしれない。しかし、知識もなく教授法を身に付けていない小学校の担任主導の英語や、通訳なしのネイティブによる英語のシャワーによって、「英語は意味の分からないもの」「つまらない」と感じてしまうことは、少なくとも指導法を学んだ中学英語教諭が教える場合ならば、その割合は減少するはずだ。この点においては、小学校で始めることが、子どもたちにとって害となると言うことは、過言ではないはずだ。

「何で数字の2が入ってるの?」

 また、小学校の英語活動では、細かい文法を学ぶことはほとんどなく、発話の中の間違いは正されないことが多い。「楽しく」英語を学ぶことが第一と考えられているからだ。しかし、「英語の中には、間違うと絶対に通じないという致命的なものがある。そもそもそれを教える側が認識しないまま、子どもたちに刷り込んでしまうことが問題だ」と、鳥飼氏(前出)は指摘する。また、横浜市内の小学校でサポーターとして働く、翻訳家でもある水野麻子氏は、生徒から「‘アイムファイン サンキュー トゥー’(I’m fine thank you, too) って言うけど、何で数字の2が入っているの?」という質問を受けた。「高学年の生徒ほど、思考力がついているため、文法の説明をしないことがかえって思考の混乱を招くこともある」(水野氏)と述べる。子どもの発達過程を考慮すると、事はそれほど単純ではないようだ。

 他にも例を挙げれば切りがない。「例えば、boyとboys、どちらが主語になるかによって、be動詞がisになったり、areになったり、動詞に3単現のSがついたりする、ということを何も説明せずにひたすら発話の反復練習をしたところで、生徒たちはどれほど理解できるか、ということです。『理解する必要はない。細かいことは気にするな』と考える人たちもいるようですが、それは英語を学ぶことの意味を根本から覆してしまいます。そして、身に付けてしまった間違えた知識を正すというのは、思っている以上に大変なことだというのは、自身の経験からも、中学校の先生たちの声からも言えます。」(前出・大津氏)という意見もある。このように、言語において入門期の指導がいかに大切であるかは、有識者たちが警鐘を鳴らし続けていることから容易に想像し得る。

関連記事

新着記事

»もっと見る