WEDGE REPORT

2009年10月21日

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 詳しく見てみると、まず、国のプログラムに関しては、元々「親日家」を増やすことを目的としていたものであり、英語教育のためというわけではない。応募する側の意識も、「大学卒業後の海外経験」という感覚が多いようだ。「日本語の教え方を学んだわけではない日本の大学生が、卒業後に海外に渡り、日本語を教える」ということを想像すれば、その質が明らかだろう(『危うし! 小学校英語』鳥飼玖美子著)。また、今年の7月28日付の読売新聞によると、民間業者への委託に関しても、業者間の激しい価格競争により、講師としての質を考慮せず、いかに安く落札するかということを優先し、その結果簡単に授業を投げ出してしまうALTと学校間でのトラブルが多発しているそうだ。

 三つ目は、サポーターや地域人材と呼ばれる、英語が堪能な日本人の存在である。サポーターにおいても、契約の形態は様々であり、自治体で採用方法を確立していなければ、学校が地域にビラを配って必死で確保する、といった方法を取らざるを得ない。日本語も英語も話せるサポーターは学校にとって非常に魅力的であるが、結局はビラ配りのような方法の場合、「『夫の海外勤務に1年間付いていったから英語が話せる』生徒の母親」などが教壇に立つことになり、ネイティブ同様、英語をきちんと「教えられる」知識を持っているかどうかということが問題となる。

 また、それをクリアしている場合でも、別の問題が発生する。英語の話せない担任と日本語の分からないネイティブの間に立たなければならないという「仲介役」としての負担。そして、サポーターという自分の立場。杉並区立和泉小学校でサポーターとして働く、山田史織氏は、このように語る。「生徒たちが騒がしくなった場合、担任ではない自分がどこまで踏み込んで叱るべきか躊躇する。このような時に、担任の先生が抜群のタイミングで生徒たちを叱ってくれると、授業がスムーズに進められる」。とはいえ一般的な現実はというと、サポーターにお任せで何もしないという担任も、年配の人ほど多いようだ。

 教材については、先述した補助教材である「英語ノート」が唯一の全国共通テキストである。「教科化」ではなく「必修化」とはいえ、公教育として実施しているにも関わらず、教える側の体制、基準となるテキストや指導法が確立していない状況に首を傾げずにはいられない。

小学校英語は何を目指すのか

 ここまで見ても分かるように、小学校の英語活動は「現場に丸投げ」なのである。それは、文科省の指導要領やその解説書からも窺える。

・「各学校においては、児童や地域の実態に応じて、学年ごとの目標を適切に定め、2学年間を通して外国語活動の目標の実現を図るようにすること」
・「指導計画の作成や授業の実施については、学級担任の教師又は外国語活動を担当する教師が行うこととし、授業の実施に当たっては、ネイティブ・スピーカーの活用に努めるとともに、地域の実態に応じて、外国語に堪能な地域の人々の協力を得るなど、指導体制を充実すること」
(両項目とも「平成20年3月文部科学省 小学校学習指導要領 第4章外国語活動 第3指導計画の作成と内容の取り扱い」より)

 このように、教える側の能力の基準や採用方法を示していないのだ。

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