世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2016年1月7日

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 エコノミスト誌11月28-12月4日号は、中国共産党が胡耀邦の生誕百周年を盛大に祝ったことが様々な憶測を呼んでいるが、そこからは中国政治の変らない部分が窺える、という記事を掲載しています。

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 すなわち、中国共産党の支配体制を崩壊させかねなかった天安門事件は、胡耀邦の死去を契機に起き、デモ隊の大量虐殺を以ってようやく終止符が打たれた。ところが、11月20日、中国共産党は胡耀邦の生誕百周年を天安門の人民大会堂で盛大に祝った。政治局常務委員が全員出席する中、習近平は胡を「共産党の忠実な戦士、偉大なプロレタリアート革命家」と持ち上げ、新聞もこぞって賞賛記事を載せた。

 党が否定したリベラル路線を象徴し、嫌でも天安門事件を想起させる人物への敬意の表明は、様々な憶測を呼んでいる。しかし、習が権力基盤を固めた今その隠れリベラルの正体を表し始めた、あるいは、天安門事件への評価が変る予兆だ、ということはなさそうで、胡の再評価は、党指導部内の派閥抗争の反映かもしれない。いずれにしても、この件は、1989年以降、中国の政治がある部分でいかに変っていないかを浮き彫りにする。

変わらぬ“全体主義体質”

 変っていないことの一つは胡耀邦の人気だ。これは、個人の自由拡大が逆行しているような習政権下では、「ブルジョワ開放路線」が多くの人々にとって特に魅力的だということだろう。それに、胡は鄧小平と共に、毛沢東時代の不正が是正され始めた時の指導者であり、地位や名誉の回復について、胡に感謝している人々が今も大勢いる。習の父親、習仲勲の政治的復活も胡の尽力のおかげだと言われる。中国の最高指導部は、今も1989年当時と同様、世代を超えて互いに恩義や怨恨を抱く、比較的少数の家族に牛耳られているということだ。

 過去を改竄しようとする党の全体主義的体質も変っていない。胡の功績からは、政治改革を進めたことが削除されている。また、胡についてのテレビ・ドキュメンタリーでは、胡の党主席指名を報じる30年前の人民日報に載った趙紫陽の写真が別人のものに差し替えられていた。

 趙の写真が今もタブーだということは、天安門事件が見直される望みはほぼないということだ。おそらく習は自分の政策こそが「改革」だと都合よく再解釈し、改革派としての胡の輝きの恩恵に与るつもりなのだろう。一方、専門家も、習が胡の生誕百周年を無視する方がむしろ驚きだと言う。胡は失脚したが、死ぬまで政治局委員の地位は保持、しかも習にとって自分の父親を救ってくれた人物だ。その胡を無視すれば、習は不作法と謗られるだけでは済まなかっただろう。

 そう考えると、盛大な祝賀は、習の自信を示すものに思える。習政権は天安門事件の真実にはまだ直面できないものの、デモのきっかけとなった人物を思い出させることは心配しなくてよい。習は自らを胡の思想的後継者の一人として打ち出すことができるし、それを敢えて否定する者はいないからだ。

 もっとも、祝賀は習の権力独占と反自由主義を快く思わない党内の一部に仕組まれたもので、習は胡を賞賛する他に手がなかった、と見ることもできる。党のイデオロギーは一枚岩ではなく、2つの路線の対立の所産というわけだ。中国の政治はこの面でも変っていない。つまり中国の政治はブラックボックスであり、ある分析がいかに合理的であっても、それと正反対のこともまた真実かもしれない、と解説しています。

出典:‘In Hu’s name?’(Economist, November28-Decmber4,2015)
http://www.economist.com/news/china/21679190-old-time-pekingology-makes-comeback-old-time-party-rule-never-went-away-hus-name

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