WEDGE REPORT

2016年5月14日

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 熊本地震から1カ月。支援物資の遅配も本震の1週間後にはほぼ解消されていた。被災地ではITの活用やボランティア団体と行政の連携といった、支援物資輸送の新たな取り組みが既に始まっている。2週間で復旧したライフラインも、全国から事業者が応援に駆け付け、随所に東日本大震災の教訓が生きていた。過去に学び、将来に備える災害大国日本。今回は物資輸送と都市ガス復旧の舞台裏を2回に分けてレポートする。

 「2時間並んでコッペパンが1個ということも最初はありましたが、今は1日3回きちんと炊き出しをもらえています。自衛隊や役所の人、ボランティアの人にも本当に助けてもらいました。誰かに不満を言うことは全然ありません。この大変な中、本当にみなさん良くやってくれています」

甚大な被害を受けた熊本県益城町の避難所、益城町総合体育館の本震翌日の状況(THE NEW YORK TIMES/AFLO)

 約850人が避難する熊本県益城町総合体育館。80歳の松本次郎さん(仮名)は、布団の上で身体を起こしながら感謝の言葉を口にする。表情は穏やかだが、置かれた状況は痛ましい。「家は半壊の状態です。県営住宅に申し込みもしましたが、これから先のあてはまったくありません」。それでも現在の避難所生活に不満がないかを尋ねると「ありません」と即答する。

 取材班がこの避難所を訪れたのは4月16日の本震から6日がたった22日。「避難所は物資不足」「1時間並んでやっとおにぎり1個」などの新聞報道に接していたため、現地で目にした光景とのギャップに驚かされた。避難所には水や食料などの物資を入れたダンボールが想像以上に届いていた。通路には飲料の他、紙おむつなどの物資が所狭しと並べられている。

 もちろん避難所の環境が良好だったとは言いがたい。長い避難生活での疲れからか、マスクをつけるなど体調の悪さを思わせる被災者が散見された。避難所では水が流れないために、建物の外には仮設のトイレが立ち並び、給水車も待機する。駐車場は避難者の車であふれており、車中泊をする人にとっては生活の場となっていた。被災者がつらい暮らしを強いられている事実は疑いようもない。

 益城町を後にし、災害対策本部のある熊本県庁を訪れた。19日の新聞では「1階ホールに山積みになっている」と報じられ、全国から県までは物資が届くが、その先の自治体への分配がうまくいっていないとされていた。

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