こんな地名は水害に注意!
ありきたりの地名に潜む驚きの意味

「落合」「三島」「~ヶ丘」etc……


楠原佑介 (くすはら・ゆうすけ)  「地名情報資料室・地名110番」主宰

1941年生まれ。京都大学文学部史学科(地理学)卒。出版社勤務を経て、著述活動を行う。「地名情報資料室・地名110番」主宰。著書に『日本の地名』(河出書房新社)、『この地名が危ない』(幻冬舎新書)など。

WEDGE REPORT

ビジネスの現場で日々発生しているファクトを、時間軸の長い視点で深く掘り下げて、日本の本質に迫る「WEDGE REPORT」。「現象の羅列」や「安易なランキング」ではなく、個別現象の根底にある流れとは何か、問題の根本はどこにあるのかを読み解きます。

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昨年9月、鬼怒川堤防決壊をもたらした関東・東北豪雨。今回の被災地は史上何度も洪水に襲われており、過去に繰り返されてきた自然の営みにほかならない。まずは昨年の災害の痕跡を、地名から探っておこう。

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鬼怒川流域

 鬼怒川はかつて毛野(けぬ)川(『常陸国風土記』)と呼ばれたが、「毛野国(後の上野・下野両国、現・群馬県と栃木県)を流れる川」のこと。平安期には「衣(きぬ)川」、中世には「絹川」とも書かれた。和語のケ(毛)とキ(木・牙)は「先端が尖り日夜、成長する」意味で、本来は同語・同語源である。

 古国名の「毛野」とは、関東北部の那須・日光・赤城・榛名・浅間などの火山群の麓の火山性扇状地・火山灰台地を、「△型の火山(ケ)がつくった野」と総称したもの。古代の鬼怒川は、関東北縁の帝釈山脈・日光火山群に源を発し、下野国(栃木県)中央部を南流して、常陸・下総両国境を流れ香取ノ海に注いでいた。

 香取ノ海とは現在の利根川下流域一帯に広がった内水面で、茨城県霞ヶ浦・北浦・牛久沼、千葉県印旛沼・手賀沼などはその名残である。その最奥部が騰波(とば)ノ江(『常陸国風土記』)、広河(ひろかわ)の江(『将門記』)であり、「飯沼」とも呼ばれた大沼沢池であった。

 関東北部の山地に大雨が降ると、下流の低湿地はしばしば冠水し、今回同様に一面の沼地と化した。そして水が引くと、古代以来、台地縁辺から徐々に水田化されていった。

 鬼怒川と小貝川は古代から、常陸国の筑波台地の西側、下総国北西端の結城台地の東側、幅3~5キロメートルの狭い低地を合流・分流しながら流れ、たびたび氾濫を繰り返した。この川の名が「鬼が怒る」という漢字表記になったのは、戦国期~近世初頭ごろからだろう。

 平安前期に編纂された『和名抄』国郡郷部には、下総国豊田郡飯猪(「潴(ぬま)」の誤記)郷の名が載る。この郷は、常総市石下から同水海道にかけて鬼怒川左岸に延びる自然堤防一帯だったろう。飯沼のイヒとは、長野県飯田市ほか多くの地名例から見てウへ(上)の同行通音形。つまりイヒヌマとは「上方にある沼」の意で、「香取ノ海の最奥部(最上流部)にある沼」のことである。

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著者

楠原佑介(くすはら・ゆうすけ)

「地名情報資料室・地名110番」主宰

1941年生まれ。京都大学文学部史学科(地理学)卒。出版社勤務を経て、著述活動を行う。「地名情報資料室・地名110番」主宰。著書に『日本の地名』(河出書房新社)、『この地名が危ない』(幻冬舎新書)など。

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