海外からも注目浴びる“ZEN”は、
日本臨在禅中興の祖、白隠慧鶴の禅である。
江戸時代の庶民に、創意工夫を凝らした禅画で禅を広めた、
宗教改革者・白隠。
そんな白隠の研究に長らく没頭している
芳澤勝弘氏(花園大学国際禅学研究所教授)は、
若かりし頃、フリーターのような生活を送っていたこともあるという。
芳澤氏は、どんな紆余曲折を経て、禅学の道に入っていったのか。
写真右・白隠が描いた「朱達磨」 (所蔵:萬壽寺、撮影:堀出恒夫)
※写真をクリックすると禅学研究所の「白隠学」サイトにジャンプします
高井(以下、●印) 先生はどうしてこの道に入られたんですか?
芳澤(以下、——) 言ってしまえば、偶然だな。仏教でいう「縁」とは、一言でいえば、偶然だろう。たとえば、西洋人が「縁」というものをどう理解するかといったら、たぶん偶然と必然に分けて考えるはずだ。
よく結婚式で、「良縁にめぐまれまして」というけども、たまたま相手と出会って、好きになって「この人に決めた。これは必然的な出会いだ」と、自らの意思で選んだんだと思って結婚する。だが、3カ月で別れる人もあれば、3年で別れる者もいる。この段階ではやっぱりまだ偶然なんだ。しかし、夫婦を30年も続けたら、そこで「私たちが出会ったのは必然だったんだ」と感じる。そういうもの。偶然が必然となるには時間が必要。お互いの努力、営みが必要。それでいうと、僕の人生もまだ偶然の段階だな。
あのな、僕を白隠とか禅学の専門家と思っているかもしらんけど、違うよ。本当はね、わしのテーマは「渡世」。わかりやすく「人生」と言ってもいい。
●「人生の目的は?」と聞かれて「人生」と答えているようなもんですね?
――そりゃそうだよ。他になんともいいようがないんだから。人生の目的? 金を儲けること? いい女を見つけること? そしてどうする? 延々と悪循環に陥るよ。そんなこと考えてたら夜も眠れなくなる。