対談

2016年6月21日

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“自分が生きているうちかどうかは分からないけど、これからおそらく、自分が働く時間とか、どんなことをしたいかとか、選択した上で、年収が200万円、という人は増えると思います(……)200万円の中から買わせるのはなかなかのことだと思う。よほど自分のものに力がないと、売れていかない。そういう意味で、年収200万円の人にでも欲しくなるものを作らないといけない”
(木村衣有子『はじまりのコップ 左藤吹きガラス工房奮闘記』亜紀書房より。以下の引用も同じ)

 千葉県・九十九里にある「左藤吹きガラス工房」の左藤玲朗さんの元に、文筆家の木村衣有子さんが何度も通って書かれた『はじまりのコップ』には、一風変わった工芸作家の生き方と考え方が描かれている。「年収200万円でも欲しくなるもの」という言葉から窺えるリアリティと、相反するような夢想や妄想を語るガラス作家の姿は、自らが作り出す器の繊細さと無骨さにも重なっているように思える。

 作ること、売ること、続けていくこと。作り手として尖りつつ、受け手を無視した尖りかたをしないこと。主流からも傍流からも距離を置くこと。業種は違えども左藤さんの考え方に共鳴する部分が多いという有機農家の久松達央さんが九十九里を訪ね、修業時代から現在までの足取りを振り返りつつ、「独立して生きる」ことの喜びと苦悩について語り合う。(構成・柳瀬徹)

ガラス作家の左藤玲朗さん(左)、農家の久松達央さん(右)

根拠のない自信を根拠に変えていく

久松:『はじまりのコップ』には、26歳の時に壺屋の窯元で働こうと沖縄に行き、でもガラスの工場のほうがインパクトが強くて「奥原硝子製造所」に就職した、とありますね。沖縄での就職から、丹波にご自分の工房を開くまでに10年。もし失敗したらどうするつもりだったんですか?

左藤:実は自信満々だったんです(笑)。多少の失敗はあっても、必ずできると思い込んでいました。とはいえ誰にも理解してもらえないだろうし、妻にも「絶対にうまくいく」といった説得はまったくしませんでした。妻は昼間は料理旅館で働いて、夜はジャスコでパートをして、と収入面で頼っていた時期は長いですね。

久松:僕も少なからずそういう時期があったんだけど、「苦労かけるな」とは思わなかった?

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