オトナの教養 週末の一冊

2016年10月21日

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中村宏之 (なかむら・ひろゆき)

読売新聞東京本社調査研究本部 主任研究員

1967年生まれ。91年、慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞東京本社入社。福島支局、立川支局、経済部、政治部、ロンドン特派員、米ハーバード大学国際問題研究所研究員、経済部デスクを経て2014年より現職。著書に『世界を切り拓くビジネス・ローヤー』『御社の寿命』、(いずれも中央公論新社)など

 ノンフィクションの力というものを強く感じさせられた本である。スパイというと映画「007」に代表される派手なアクションものを想像してしまうが、本書に出てくるスパイ像はそうしたものとは全く無縁の、言わば対極にある存在である。いかに隠密裏に機密情報を交換するかが勝負であり、決して目立ってはいけない存在なのである。

電話の盗聴、手紙の開封、
タイプライターに仕掛けまで……

『最高機密エージェント  CIAモスクワ諜報戦』(デイヴィッド・E. ホフマン 著、花田 知恵 翻訳、原書房)

 自分の認識不足を恥じ入るばかりだが、本書を読むと、冷戦時代のアメリカと旧ソ連がいかに激しく対立していたのかということが、あらためてよく理解できる。冷静な筆致だが、内容は実にスリリングである。そうした意味で映画のような光景が目に浮かぶが、これは映画ではなく、実際に起きたことである。ワシントンポストの編集幹部で、ピューリッツアー賞も受賞した敏腕記者が、機密解除された公電など一級の情報を組み合わせて構成した。それだけに描かれるスパイの姿は実に生々しい。

 読み進めるにつれ、当時のアメリカにとって「使える」スパイを確保することがいかに重要なミッションであったかがわかる。核、レーダー技術、航空装備、兵器開発計画など、アメリカがソ連から入手したい機密情報は山ほどあり、それをどう手に入れるかに躍起になっていた。ソ連からみればそうした情報をどう守るか。激しい攻防が、モスクワのKGB(国家保安委員会)周辺のごく狭いエリアで展開される。

 利用価値の高いスパイをなかなか得られない時期のアメリカの焦り。なんとかそれを得た後に、どう「育成」し欲しい情報を確実に手に入れるか。一連の活動を相手に悟られず、いかに秘密裏に進めるか。綱渡りのように緊迫する場面がいくつも出てくる。

 CIAの職員がスパイに接触するにあたり、KGBの監視をどう「まく」か。それがいかに大変なことなのかもよくわかる。当時のモスクワでは、アメリカに関するあらゆることがKGBの監視下に置かれている中で、電話の盗聴や手紙の開封はおろか、タイプライターに特殊な仕掛けをして、内容を盗み取ることにいたるまで「何でもあり」の世界である。KGBの監視を逃れる手法の一端が詳しく紹介され、「監視探知作業」という言葉があることも本書で初めて知った。それらは実に根気のいる、手のかかる作業である。

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