2024年5月4日(土)

Wedge REPORT

2017年1月12日

「要請だから従わない」

 ところが水産庁は会議終了後早々に「決議は『要請』であって、強制ではない。(厳しい措置の導入を)検討した結果、「駄目なら駄目ということになる」と次回の北小委員会で初期資源量比20%提案に従わない姿勢を明らかにした(高知新聞2016年12月25日)。EUからの「ダブルスタンダード」批判に対しても「当時の大西洋では科学者の勧告をEUが無視し、生物学的許容量の倍ほどの漁獲枠を設定。しかも違法操業が横行し、実漁獲量はさらに倍近い値だった。一方、今の太平洋の管理は科学者の勧告に従っており、大西洋のような大規模な違反はない。一緒くたにするなら乱暴だ」と反論、「現行体制でも少しずつ資源は増える」と現状の措置維持に拘る姿勢を明らかにした(みなと新聞2016年12月19日)。

 本委員会からの指示はあくまで北小委員会に対する指示であり、またあくまで初期資源量比20%という資源回復目標を含んだ措置を北小委員会は「考慮せよ」と言っているにとどまることから、仮に「我々は端から考慮するつもりなどなかった。北小委員会では本委員会からの指示を考慮したが、(我々の反対で)こうした措置は採択できなかった」と言ったとしても、何らかの国際法上の義務に違反するわけではない。

 しかし仮にそうした態度を取った場合、日本は今後さらに苦しい立場に追い込まれる可能性があることを否定できない。一旦国際会議の場でコミットしたことを手のひら返しにすることは、各国政府代表の日本の担当者に対する信頼性を著しく低下させかねず、今後各国の態度がさらに硬化する恐れがあるからである。WCPFC終了直後、「水産という狭い業界のイザコザで、日本のという国の名や外交関係を傷つけてほしくない」と外務省から水産庁に苦言を呈したと報道されている(みなと新聞2016年12月15日付コラム「躍れ!21世紀」)。もしこれがWCPFCのことを指しているならば、筆者はこれに全く同感である。

「ダブルスタンダード外交」を超えて

 もしWCPFC本委員会からの上記要請に沿わない決定しか北小委員会がなし得なかった場合、次回のWCFPCではさらに厳しい指示が北小委員会に対して行われる可能性があるだろう。例えば、「北小委員会で初期資源量比20%という管理目標を含む措置を必ず勧告せよ。もし勧告を出すことに失敗した場合は、本件については本委員会で審議し、決定を下すよう求める勧告を必ずせよ」という有無を言わせぬような形式を取った指示である。

 WCPFC本委員会は決定を原則コンセンサスで行うことになっているが、この条約がコンセンサス方式によって意思決定を行わなければならないと明示的に規定している場合を除き、コンセンサスのためのあらゆる方策が尽きたと判断された場合、4分の3の多数決で決定を行うことができる。この多数決ではFFAのメンバーの4分の3以上の賛成とFFAの非メンバーの4分の3以上の多数が含まれなければならないが、そのような条件がいずれかの票決グループにおいて満たされない場合でも、提案に対する反対が当該票決グループにおいて2票以下のときは、当該提案は否決されないと定められている(条約第20条2項)。仮にFFAメンバーが4分の3の多数以上で賛成した場合、FFA非加盟のWCPFCメンバーは10カ国・地域であるため、2カ国・地域が反対するのみであれば提案は採択されることになる。WCPFCメンバーのうち太平洋クロマグロの主たる漁獲国は資源保護強化を訴える米国を除くと日本、韓国、及び台湾であるため、この3カ国が一致結束して反対票を投じなければ提案を否決することができない。とはいうものの、漁獲の大半は日本が占めており、太平洋諸国の反発を買ってまで韓国と台湾が日本に同調するかは不明である(図4参照)。

写真を拡大 WCPFC北小委員会メンバーの2015年における太平洋クロマグロ漁獲量(単位:トン)と比率

 加えて指摘されるべきは、WCPFCでは異議申し立てが認められていないという点であろう。WCPFCでは採択された決定に対して再検討を求めることはできるが(条約第10条6項)、再検討会議での検討の結果この再検討要請が却下された場合、異議を申し立てることはできず、これに従わなければならない。採択された措置にどうしても従いたくないならば脱退するしかないが、そうしてしまうと、この機関が管轄する水域でのカツオ・マグロ漁が不可能となる。日本も批准している国連海洋法条約では、カツオやマグロなどの高度回遊性魚種を漁獲する国は「直接に又は適当な国際機関を通じて協力」しなければならず(第64条)、同じく日本が批准する国連公海漁業協定でも、WCPFCのような地域漁業管理機関の加盟国あるいは当該機関が定める保存管理措置の適用に合意した国だけが、当該保存管理措置が適用される漁業資源を利用する機会を有すると規定しているからである(第8条4項)。

 仮に太平洋クロマグロの提案を否決できたとしても、太平洋諸国との対立はカツオやメバチマグロなど他の魚種の問題で日本は著しく困難な立場に立たされる可能性が大きい。現在WCPFCではコンセンサスで合意に至るようあらゆる努力をするとのアプローチが採用されており、これまで表決はほとんど全く行われてこなかったが、表決の決定が常態化すれば、WCPFCでは少数派の遠洋漁業国である日本は極めて不利な交渉を強いられることになるだろう。表決が常態化しなかったとしても、操業規制等の点で日本の主張が受け入れられることは極めて困難になることが予想される。カツオの資源保護を求める日本の声に対して太平洋諸国が耳を傾けることは、おそらくあるまい。そうであれば、日本に来遊するカツオの量がさらに減少することにつながりかねず、そうなった場合、カツオ漁業者は廃業を余儀なくされるだろう。


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