AIはシンギュラリティの夢を見るか?

2017年1月20日

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川手恭輔 (かわて・きょうすけ)

コンセプトデザイン・サイエンティスト

1990年代から、大手メーカーでインターネットサービスの企画・開発・運用を手がけ、自ら立案したグローバルなサービスを複数立ち上げた経験を持つ。その1つは、サービスのデザインでグッドデザイン賞を受賞した。コンピューターサイエンス関連の翻訳本も多数ある。

 年初のゴールデングローブ賞授与式で、映画界に貢献した人に与えられるセシル・B・デミル賞を受賞したメリル・ストリープのスピーチが話題になった。ドナルド・トランプの移民政策を暗に批判する言葉を述べた後で、彼が選挙運動中に障害のある記者を侮辱するような振る舞いをしたことを非難した。ストリープは「アメリカで最も尊敬される地位に就く人物が、衝動的に人を侮辱するようなパフォーマンスを演じた」ことを問題にした。しかし非難したりデモをしたところで後の祭りだ。アメリカはなぜ、そのような人物を「最も尊敬される地位」に就けてしまったのだろうか。

(iStock)
 

 アメリカの民主主義は「すべての人が平等につくられている」という独立宣言が原点になっており、誰もが道徳的な感覚を自然に発揮できるはずだという前提の上に成り立っている。それによって民主主義が愚衆政治を生むことなく、特権階級による権力の独占を防ぐことができると信じられてきた。

 トランプに投票した人々を愚衆と呼ぶつもりはない。しかし、最終的に接戦の勝敗を左右した票は、1952年に政治家でないことをアピールして大衆の人気を集め、政治家としてのキャリアもあり多くの知識人からの指示を得ていたアドレー・スティーブンソンを大差で破って、第34代のアメリカ合衆国大統領に就いたドワイト・D・アイゼンハワーに投じられた反知性主義の票とは異質な感じがする。

 世界の貧困問題に取り組むNGOのオックスファムは1月16日、格差問題に関するレポート「99%のための経済(An Economy for the 99%)」を発表した。それは「富める者と貧しい者の間の格差は、これまで考えられていたよりも大きく、世界で最も豊かな8人が世界の貧しい半分の36億人に匹敵する資産を所有している」そして「格差拡大は、何億もの人々を貧困の中に封じ込め、社会に亀裂をつくり、民主主義をも脅かしている」と報告している。(プレスリリースへのリンク)

 反知性主義は知性そのものを敵視するのではなく、寡頭政治を志向する知的権威やエリート層に対置する。政治的エリートであるヒラリー・クリントンに反発する多くの人々の票がトランプに集まったことは間違いないだろう。しかし勝敗を決定づけた票は「道徳的な感覚」を失った人々によって投じられたのではないだろうか。それは経済的格差を拡大し続ける「経済最優先」「競争至上主義」の政治に失望した人々による、変革や創造を前提としない破壊だけを刹那的に期待するテロリズムのようだ。

AIが経済的格差をさらに拡大する

 昨年末にホワイトハウスは、AIによる自動化がアメリカの労働市場や経済に及ぼすであろう影響を分析・予想した『人工知能、自動化、そして経済』というレポートを公開した。そこでは、技術革新が労働市場に及ぼしてきた影響を次のように説明している。

  • 19世紀には技術革新によって熟練を必要とする多くの仕事が、熟練していない労働者と機械の組み合わせに置き換えられ、その結果、高技能労働者と低技能労働者の間の経済的格差が減り、生産性が向上して平均的な生活水準が高まった。
  • 20世紀後半のコンピュータとインターネットによる技術革新は、予測可能でプログラムが容易な作業が中心の定型的な職業を排除し、高技能労働者の需要と相対的な賃金を上昇させて経済的格差が拡大した。

 2013年9月に、オックスフォード大学の教授らによる論文『The Future of Employment (雇用の未来)』で、702に分類された米国の職業の約47%が、今後10〜20年で自動化される可能性が非常に高いという研究結果が公表された。

 レポートでもこの研究結果を引用しており、コンピュータとインターネットによる技術革新が労働市場を左右してきた近年の傾向が、AIによってさらに加速するとしている。そしてAIによる自動化によってもたらされる大きな経済的利益は、ごく一部の人のものになり、経済的格差がさらに拡大する可能性があると警告している。

 しかし「生産性と賃金の間には強い関係があり、AIの活用が拡大することによって、幅広い労働者の賃金と余暇時間が増加すると考えることが最も合理的だ」と楽観的に、これまでの「経済最優先」「競争至上主義」の基調を崩していない。そして、それを実現するための政策や制度について次の3つの戦略を掲げている。

  1. 多くの利益のためにAIに投資し開発する
  2. 将来の仕事のためにアメリカ人を教育し訓練する
  3. 労働者の転職を支援し労働者が経済成長を幅広く共有できるようにする

 最初の戦略は「経済最優先」「競争至上主義」そのもので、残りの2つが経済的格差の拡大に対応する戦略だが、その内容は具体性に乏しく対症療法的であり、さらに結論として「AIによる自動化が経済に与える影響にどのように対応するかは、次の政権とその後継者にとって政策上の重要な課題になる」とトランプ政権に丸投げした。このレポートを作成したスタッフは政権交代によってホワイトハウスから去り、もちろんトランプがオバマの遺産を引き継ぐとは考えにくい。

 コラムの最後にレポートの要約(Executive Summary)部分の抄訳を載せてあるので、興味を持たれた方はお読みいただければと思う。

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