ここ最近、ようやく経営者の個人保証に関する法改正や行政の対応の変化で耳にするようになってきた個人保証無しでの会社経営。加えて政府系金融機関の「経営者保証に関するガイドライン」の活用実績等の公表で少しずつ浸透しつつある無保証での融資実行。しかし金融機関から見れば、経営者への規律付けのため、会社信用力補完のため、単純に保全のためという理由からも、 まだまだ市中の金融機関では難しい現状であるのも事実と感じます。中小企業経営者にとっては、ある種憧れの領域である、銀行借り入れの経営者個人の保証を全て外しておられる、FCSの藤本社長にお話をうかがってきました。
藤本さんは、1964年生まれの現在52歳。フジコンピュータシステム(大阪にて創業、現FCS)に1987年4月に入社、同社は元々システムベンダーとして出発、現在は、システム開発事業のみならず、業務分析・改善提案事業、IT教育・導入・支援サポート事業まで手掛ける、ITを活用したコンサルティングの領域まで幅広く事業を展開しています。
藤本さんは入社後、自他共に認める仕事人間として活躍、2002年には事業部長に就任しました。しかし、その後オーナー経営者であった先代が病に倒れました。血縁関係もなく、会社株式を少数しか所有していない藤本さんに「経営を任せたい」という言葉に、「これまで私を大事にしてくださった先代、長年一緒に働いてきた仲間、FCSを愛してくれているお客様を思うと、私が皆を守らなくては誰がやる、よし! やってみよう! の精神で引き受けました」と快諾。
2004年8月、40歳で自身の家族からは猛反対のなかで、 社長に就任しました。会社経営の全く素人でありながら、当初100人であった社員数を170名を超えるまでに増やし、2014年には経営合理化大賞「フジサンケイビジネスアイ賞」を受賞、2015年には英国のソフト会社を買収して子会社化。国内外で事業を展開されています(大阪・東京にて2本社制)。
社長就任と同時に待ち受けていた銀行員の行列
社長就任と大きな希望を持ってスタートしたところで、いきなり暗転が待っていました。各取引銀行からの矢継ぎ早の連絡と会社への日参です。経営者としての「個人保証・連帯保証」の強烈さの洗礼を受けました。
少数の株しか保有していない中で、「なんで個人保証に応じないと行けないのか?」と、疑問を持ちつつも個人の実印を押すことに。この時は、「どうにかして個人保証は外せないものか?」「会社の債務をカバーするほど、個人に資産がなくてなぜ個人保証の必要があるのか?」と銀行員に聞くこともできませんでした。
そう思ってスタートした会社経営、ある時経営者仲間から、「直接は会ったことはないが、個人保証を外して経営している未上場経営者がいるらしい」という話に、「自分にもチャンスがあるかもしれない」と思いを巡らすようになり、コンサル会社等に頼ることもなく、銀行に対して「仮設」と「検証」を繰り返すようになったそうです。
代表就任3年でかなった
経営者保証の無い会社経営のあり方、銀行との向き合い方
今から約9年前の43歳、まだ経営者となって3年の時、ある銀行に個人保証について外して欲しいと依頼したところ「検討します」との返事。そこから、幾日か後の「個人保証を外します」との連絡をもらえました。そこから取引銀行全てが応じてくれることに。リーマンショック時の会社存亡の危機の際、1行のみが個人保証の復活を申し入れて来たが、その他の金融機関は個人保証を要求してこなかったとのこと。現状、危機時点で要求してきた銀行もまた個人保証を外して全銀行とも連帯保証なく経営されています。
藤本さんに、藤本流会社経営のあり方、銀行との付き合い方についてお聞きしました。