WEDGE REPORT

2017年3月9日

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風樹茂 (かざき・しげる)

作家、国際コンサルタント

作家、国際コンサルタント(kazakishigeru@gmail.com)。1956年、北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。メキシコ留学後、中南米の専門商社を経て、南米アマゾンの奥地でODAプロジェクトの鉄道建設にかかわる。その後は、シンクタンク、研究所勤務などで、首相向けの政策提言、ODA援助、海外投資、NGOプロジェクトに従事。イスラム開発銀行のコンサルタントも経験し、30数カ国を踏査。石油関連事業でカタール、ベネズエラに駐在。

 大統領は聴衆に向かって言った。「家に食べ物がなければ、盗むほかない」。こうしてモラルを失ったチャべスの子供たちが生まれた。15歳~30歳の若い犯罪者たちは日々殺し、殺されている。けれどもかつては南米一治安の良かったベネズエラ国内を、なぜ、意図的に犯罪で沸騰させたのだろうか? では、筆者とその周辺を襲った犯罪の実態に迫る。

野球大国ベネズエラは犯罪大国でもあった(ココ・バレンティンもプレイした球場)

ベネズエラの洗礼―おれはベネズエラのマフィアだ!

 6年間のベネズエラ滞在で犯罪に見舞われたのは3回だった。駐在して1カ月もたたないうちに、まずは車上荒らしにあった。スーパーマーケットの駐車場にコンピュータ制御の車を駐車しておいた。アパートに着いて車を降りるときに気がついた。バックやナップサックがない。PC、デジカメ、ウォークマン、電子辞書、名刺、ノート、メモ書き、すべてごっそりとやられた。

 フィリピン人の同僚はなお悪い。パスポートも入っていた。ドアの鍵は電子制御されているのに……。間抜けな私はむしろ見事な手口に感心してしまった。さっそく、管轄の科学捜査局のオフィスに盗難届を出しに手続きを行くと、警官はうんざりした顔つきで言った。

「盗難状況、盗難品リストは、自分でパソコン打ちして印刷して持ってくることになっている」

 スペイン語が分からない旅行者だったらどうするのだろうか?

 2週間後、今度はひったくりに遭った。真昼に古い港街のコロニアル風の路地をレストランを探して一人汗だくになりながら歩いていた。通りに人影が失せた。車も途切れた。突然、背後に人の気配があった。

「おれはベネズエラのマフィアだ!」

 その掛け声とともに、肩にかけてあった書類の入ったリックがひったくられた。背後を振り返ると、1メートル70センチ前後の細身の白人の若者が、強い日差しの中に立ちすくんでいる。そして、踵をかえそうとした。佇まいから相手は犯罪素人であると踏んだ。

 勝てる! ポケットに右手を入れ、札束を泥棒に向かって見せた。

「そのバックに金ははいってないぜ。てめぇには無縁な書類だ。金はこっちだ。取りに来い。そのかわり、バックは返せ!」

「じゃあ、金をくれ!」

「このクソやろう! まず、リックを持つ手を離せ、そしたら金をやる」

 私は左手を伸ばしてバックを握り、右手で紙幣をひらひらさせ、若者を挑発した。

「さあ、来い! 金はやるぞ!」

 こうして誘いをかけながらぐるぐると回る。男もそれに連られて旋回する。男の目は札束に向けられ、手はリックを握ったままだ。リックの引っ張り合いをしながら、じりじりと間合いをつめる。そのうち、男と私の位置は逆になっている。私が道路を背に、犯罪者が住居の壁に背を向けている。

 後頭部を壁にたたきつけてやる! 今だ、と思った瞬間、男が突然リックを離した。そして突然破顔し、満面の笑顔を浮かべた。

「アミーゴ、アミーゴ、冗談だよ」

 前方から車が2、3台走って来たのである。男は握手をするジャスチャ―をし、背を向け、港の方向へ、一目さんにびゅーんと逃げていく。陽炎の立つ中、若者の背中が遠ざかる。その向こうにはカリブ海に浮かぶ巨大なコンテナ船、手前には建国の父であるシモン・ボリバルの像が建つ。

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