中東を読み解く

2017年4月5日

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 ロシア第2の都市サンクトペテルブルクで起きた地下鉄爆破テロは中央アジア・キルギスからの移民の犯行と分かり、プーチン政権は恐れていたことが起きたと衝撃を受けている。チェチェンなど北コーカサス地方のイスラム過激派が中心だったテロのすそ野が中央アジア出身者にまで拡大していることが鮮明になったからだ。

イスラム国(IS)に数百人が合流

キルギスの国旗(iStock)

 3日に発生した今回のテロでは地下鉄の乗客14人が死亡、50人以上が負傷した。地下鉄車内で爆発した爆弾の他、別の地下鉄駅でも消火器に偽装された爆発物が見つかり、これが爆発していれば、死傷者はさらに増大していたと見られている。鉄片が詰められていたことからテロであることは明らかだ。

 キルギスの治安当局者らによると、実行犯はキルギス南部オシ生まれのアクバルジョン・ジャリロフ(23)容疑者。6年ほどサンクトペテルブルクに住んでいた移民だ。自爆という犯行の手口からイスラム過激派やその思想から影響を受けたのはほぼ間違いない。

 動機などは不明だが、2月に父親とともに故郷のオシを訪問し、戻ってから陰気になって引きこもることが多くなっていたという。オシはイスラム原理主義の温床といわれており、ここで過激派に徴募された可能性も指摘されている。また、犯行時に支援役の中央アジア出身とみられる男女がいたとの情報もあり、捜査当局は過激派組織「イスラム国」(IS)とのつながりも含め背後関係を追っている。

 有力紙コメルサントによると、ロシアの治安当局はサンクトペテルブルクでテロが準備されているとの情報を断片的に入手し、監視対象者らの盗聴などの捜査に着手していたが、摘発する前にテロが起きてしまったという。

 ベラルーシの大統領との会談のため、地元である同市に滞在中だったプーチン大統領は捜査当局から直接事情を聞いて指示を出しているが、従来の北コーカサス絡みではなく、中央アジア出身者によるテロに衝撃を受けているようだ。

 ロシアでは、第1次チェチェン戦争(94年~96年)、第2次チェチェン戦争(99年~2009年)でイスラム武装勢力との戦いが激化。これに伴い、モスクワ劇場占拠事件、旅客機同時爆破、モスクワの地下鉄爆破などテロが続発したが、2012年末に南部ボルゴグラードで連続テロが起きたのを最後に大きなテロは鎮静化していた。

 こうした一連のテロの大半はチェチェンなど北コーカサス地方のイスラム過激派が実行したが、ロシアの治安部隊に追い詰められた過激派はシリアに渡ってISに合流した。その数は最盛期には2500人にも上り、IS内に精鋭部隊の「チェチェン軍団」を組織するまでになった。

 プーチン政権が2015年秋、シリアへの軍事介入に踏み切った理由の1つには、こうしたシリアに流れたロシア系過激派を徹底的に叩くことも含まれていた。しかしISに合流したのは北コーカサス出身者だけではなかった。

キルギスやウズベキスタン、タジキスタンなど中央アジアからのイスラム教徒数百人も同じようにISに加わった。ロシアの空爆によって多数が殺害されたと見られており、同郷の戦闘員や殺害された親族、ISへの共鳴者がロシアに対する憎悪を高め、報復心を持つのは自然なことだろう。この辺に今回のテロの動機が隠されているのかもしれない。

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