2024年4月20日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年6月16日

 「傾向が顕著になったのは07年で、翌08年の労働契約法の導入を前にリストラが横行し、そこに付け込んだ弁護士が労働者側につき、次々に勝訴を勝ち取ったのです。このときの圧倒的な勝訴率を背景に、弁護士界では『労働争議は儲かる』との考えが定着したのです」

 労働契約法とは労働者の権利を強化する意味で08年に施行された法律で、労働者の福利厚生への配慮や10年以上雇用した場合には正社員になる権利が発生するなど、経営側には厳しい内容となっているものだ。

 元来「不満があっても頭がない」と言われる労働問題や農民問題だが、いまは頭の方から労働者に近づき、むしろ弁護士が労働争議をけしかけているとさえ言われるのだ。

苦しい選択を迫られる中央政府

 中国の裁判は、言うまでもなく政治色が強い。労働裁判での弁護士の勝訴率の高さは、当然のこと政治を反映した結果だ。しかし、本来産業誘致に熱心な政治が、その妨げになるような方向に舵を切ったことは、本来なら納得し難いことだ。しかし、中央政府にはそうせざるを得ない差し迫った理由があったのだ。

 「企業は労働者を使い捨てにすればいい。しかし、国はそうした人々の面倒を将来にわたって見ていかなければならない。そんな将来の話ではなくても、賃金を抑え過ぎれば即座に社会不安の芽につながりかねない。危ういバランスのなかにあって、苦しい選択を中央政府も迫られたというわけです」(同前)

中国での賃上げ圧力が日本の消費者を直撃する

 中国が市場としての価値を高めるなか、中国への生産拠点の移転の意味はコスト減から政治的な現地生産という色彩を帯びることになる。そのため、第二陣として進出した企業はマーケットの価値と賃上げリスクとを天秤にかけ、進出メリットを見極めることとなるのだろう。その際、問題となるのは国内にとどまってきた中小企業だ。民主党政権の日本に見切りをつけて生産拠点をどんどん海外へ移し始めた大企業に見捨てられ始めた中小企業の多くは、いま金融モラトリアムで何とか生き延びているが展望が持てず、唯一の突破口として〝中国〟へと向かい始めている。このことの危険性をまず認識しなければならないだろう。

 そして中国での賃上げ圧力が広がれば、これまで収入の目減りを癒してくれていたデフレの恩恵も薄まり、収入源の痛みが日本の消費者を直撃し、さらにマインドを冷やすことは避けられないだろう。

※次回の更新は、6月23日(水)を予定しております。

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
◆更新 : 毎週水曜

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