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2017年4月22日

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風樹茂 (かざき・しげる)

作家、国際コンサルタント

作家、国際コンサルタント(kazakishigeru@gmail.com)。1956年、北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。メキシコ留学後、中南米の専門商社を経て、南米アマゾンの奥地でODAプロジェクトの鉄道建設にかかわる。その後は、シンクタンク、研究所勤務などで、首相向けの政策提言、ODA援助、海外投資、NGOプロジェクトに従事。イスラム開発銀行のコンサルタントも経験し、30数カ国を踏査。石油関連事業でカタール、ベネズエラに駐在。

 人口の増減は、恋愛や性愛の行動様式と深く関係している。この4月発表の厚労省国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、大よそ男性の4人に1人、女性の7人に1人が生涯未婚であるという。婚外子も少ないのだから、日本の少子化の波は止まらない。2065年には人口は8808万人、15~64歳の生産年齢人口は4割減り、4529万人と予測される。

 著者が住んだ南米のメディアでも「日本人は恋愛をしない、子供を産まない、結果老齢化と人口減少が進んでいる」とよく報道されていた。ラテンアメリカの友人は「なら、おれたちが移民して、助けてやるよ」と冗談ぽく言ったものだ。

 一理あるかもしれない。都内の人口の自然増は外国人2456人、日本人は730人(2015年10月~16年9月)である。もしかしたら、女性が著しく多産だったアマゾンの小村にこそ、少子化を食い止めるヒントがあるかもしれない。日本の過去・現在との比較を交えて地球の裏側から報告する。

(iStock)

ボリビア、アマゾンの小村が多産なわけ

 80年代後半ボリビアは、日本の面積の3倍もあるのに、人口が600万台(80年代)しかなかった。2010年代には人口1000万人を越えたので年率2%強の増加となる。80年代の合計特殊出生率(一人の女性が生涯産む子供の数)は5を越えていた(現在3、日本は1.46)。ボリビア全体の数値なので筆者が滞在していたアマゾンはもっと多産だったに違いない。いくつか理由がある。

3人しか生き残らなかった

 ボリビアのエボ・モラレス大統領は、自身の公式ホームページでこう語っている。
「兄弟は7人だったけど、そのうち3人が生き残った。他の兄弟は1歳か2歳で死んだ。それが農村に生きる家族や子供の宿命なんだ。半分以上は死ぬ。7人のうち、ぼくら3人は運よく生き残った」

 ボリビアの80年代の乳児死亡率は10%前後とされるが、僻地ではずっと高かったのである。アマゾンの小村でもよく人が死んだ。仲良かった労働者の兄が列車から落下して死んだ。日系人の息子が川で溺れ死んだ。乳児たちは病気で簡単に死んだ。村人は総務部に属した筆者のところに、よく木材を求めにきた。棺桶を作るためだ。

 運がよく、強いものだけが生き残る。だから子供は多いほうがよい。それは戦前の日本の女性が多産だったのと同じだ(1925年、大正15年 合計特殊出生率5.11)。

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