ネット炎上のかけらを拾いに

2017年4月21日

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 また、この作者たちは、トイレは痴漢や盗撮、ときには強制わいせつ、レイプ事件など性犯罪が起こる場所であることや、実際に企業内のトイレでも盗撮事件が起こっていることを知っているのだろうか。性的被害と関連の強い場所を「エロ」と結びつけることの危険性、不快さ。これを大げさな主張だと言われるなら、平和ボケという言葉を返したい。

参考:犯罪の温床!? 公共トイレの危険性(R25)
勤務先の女子トイレにカメラ設置し盗撮 「見たかった」容疑で45歳の男逮捕 奈良県警(産経新聞)

セクハラの指摘を想定できないこと自体ヤバいのでは

 面白いのは、ネット上ではこの件を「セクハラ」と認識している層と、「セクハラなんて、そんなバカなw」という反応の両方があることだ。

 矢吹氏のイラストはどう見ても性的だ。作者と編集部も性的なイラストを求めて矢吹氏に依頼し、矢吹氏はそれに応えたまでだろう。女性を性的に描くことは表現の自由だが、それを事業所内の誰にでも目に触れる場所に置くことは環境型セクハラだ。「表現の自由」とは、いつでもどこでも何をやってもいいということではない。常に、他者の自由や安全を侵害していないかどうかの兼ね合いで、その線引きが決まる。なぜなら他者にも自由を求める権利があるからだ。今回の場合、「環境型セクハラ」というかたちで定義された線引きがある。これをセクハラではないと軽んじる人は、あまりにも他者の権利に無頓着だ。なぜそこまでして、こんな下世話なネタを擁護したいのか。人の性を貶めてまで守らなくてはならないものなのか。

 編集部に女性はいないのだからセクハラ被害に遭った人はいないという反論があるが、作者たちは実際に女性の利用を呼び掛けている。作者たちが女性に利用を呼び掛けているのは、彼らにはこれがセクハラだという感覚が一切ないからだろう。自分たちが面白いと感じるのだから、きっと他の人もそうだろう。とてもピュアな考えだ。彼らに多少なりとも背徳感があれば、まだ良かったと思う。最も怖いのは、これがセクハラだと感じる人のことを全く念頭に置いていない、企業のコンプライアンスの低さだ。そして、「こんなのはセクハラだと思わない」と主張することで自分の寛容さを示そうとし、結果的に他者の権利を踏みにじることに無頓着で時代遅れな人々だ。

  
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